首藤隆司歌集より「定時制高校」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第736回(2010年10月19日) 首藤隆司歌集より 生きがいを定時制教育に懸けたれば我が人生は野の花のごと 四年間夜学び合いし生徒なり肩をたたけば男の友情  こんにちは首藤隆司です。 先日、私にとって大変残念でありながら、とても楽しい会がありました。話せば長いことになりますが、お聞きください。  私は高校3年生になって、将来の職業を考えなければならなくなりました。自分なりに生き甲斐の感じられる職業を探していました。私は図書部員として活動し、毎日帰りが遅くなりました。学校の食堂でうどんを食って帰るのが日課でした。その時、夜間定時制の生徒たちが先生とうどんを食べながらおしゃべりをしている場面を見ました。それが先生と生徒という感じでなく、まるで仲間同士でしゃべっているような関係に見えました。私は、定時制の教師は面白そうだなと思いました。そして東京教育大学へ進学しました。大学4年の時、教授が私の希望を聞き、教授の同級生が新潟県で校長をしているので、頼んでやろうと言い、突然三条高校定時制に赴任することになったのでした。  来て見ると、働きながら学ぶ生徒たちの生活は、私の想像をはるかに超える厳しいものでした。私は世間知らずの坊ちゃん教師でしたが、そんな私を生徒たちは仲間、兄貴として受け入れてくれ、私の人生選択は大成功でした。そのまま私は、三条高校定時制に29年間勤めることになりました。  その三条高校定時制が、来年3月で廃…

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三条高校定時制がなくなる

10月2日、新潟県立三条高校定時制課程の閉課程記念式典が行われました。私が29年間勤務した学校です。卒業生、元同僚に会い、懐かしくうれしい日でしたが、まだ定時制でなくては高校を卒業できない事情を抱えた人たちがいるので、閉課程は残念、口惜しいと思いました。最後の生徒たちは16名。生徒会長の言葉が感動を呼びました。 生徒16名が手分けして墨書した校歌のパネルです。 卒業生の書家が書いた記念石碑です。

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夜の教室から(83)最終回

   残酷な日  今年もまた残酷な日がやってくる。女子がそわそわし、男子は期待しているような、諦めているような様子で落ち着かないセントバレンタインデーだ。チョコレートを貰えない生徒の複雑な気持ちを考えてほしい。私のクラスでは、チョコレートを貰った生徒は一人もいないことになっている。というのは、数年前から私は、二月十三日のショートホームの時間に、「今日チョコレートを貰わなかった人は手を挙げて」と言い、「よし、その人には先生がチョコレートをやるぞ」と言って、一粒ずつ配る。生徒は全員手を挙げて、「ありがとう」「どうも」「恵まれない子にチョコレートを」などと言いながら受け取る。女子にもやるので、女子は恐縮している。これで私のクラスはわかかまりが消える。しかしこんな残酷な風習はやめてほしいものだ。

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「文芸つばめ」第3号発行(3)

短歌随想          首藤隆司 冷やかしに照れつつ答を板書する       リ-ゼントの生徒は丸き字を書く  一時、若者の間に丸文字というのがはやった。若者は流行に敏感で、あっという間に、みんなが似たような丸っこい字を書いた。字の下手な生徒には、下手なことをごまかせるのでよかったのかもしれない。  定時制では、教師が講義をして、生徒がノートを取るという講義式の授業は成立しない。そんなことをやっていれば、生徒たちは退屈して、おしゃべりを始める。私は、生徒たちを授業に参加させるために、生徒たちをいくつかの班に分け、問題を出して答を相談させる。班でまとまった答を黒板に書かせ、どの班が正しいか討論をさせるという授業をよくやった。どの班が答を早く出すか、どの班の答が正しいか、競争させると生徒たちは面白がって授業が白熱した。  班の答を黒板に書くのは、班長に命令された生徒と決める。そうすると、ふだんは授業中にほとんど発言したことのない生徒が前に出てきて答を書くことになる。勉強が大嫌いな生徒が、照れくさそうに出てくると、仲間が面白がって冷やかしたりする。そんなことで、とても楽しい授業になった。

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夜の教室から(82)

   一瞬静かな授業が  出席をとり終わると、教科書、ノート、ペンを持っているかどうか点検をする。生徒を指名して教科書を朗読させる。漢字が読めないAが詰まるたびに読みを教えながら、回りに目を走らせて、おしゃべりをしている者、後向きになっている者に叱声を飛ばす。そばへ行って注意する。やっと静かになってAの声が教室中に聞こえるようになる。読み終わったところで、私は、「ほら、この静かさが授業なんだよ。久し振りで懐かしいだろう」と言う。生徒は、「ほんとだ」「すげぇ」と感嘆の声を上げる。すかさずBが、「おれ、Aの朗読に聞きほれていたいや」とまぜかえして、みんな爆笑。また教室は騒がしくなってしまった。  定時制三年生、二十八人のにぎやかなクラスの一こまである。

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夜の教室から(81)

   学級通信一〇〇号を祝う  入学式の日に創刊した週刊学級通信が、三年目で一〇〇号を迎えた。その一〇〇号の紙面を生徒と父母の言葉で埋めて、ピンクの紙に印刷して発行した。嬉しかったのは、一年生の時はツッパッテいた生徒が、「先生の努力を認めます。おつかれ様。これからも頑張ってください」と書いてくれたこと。それから、定時制の父母は字や文章を恥ずかしがってなかなか書いてくれないのに、六人の父母が原稿を寄せてくれ、「生徒の皆さん、もう三年が過ぎたのですね。一日一日成長し、三年間でこんなにとおどろき、又たのもしく見える時が有ります。後少し、二十八人のなかまでガンバレ!卒業式の日を楽しみに、私達父母もガンバリます」など、そのどれもが生徒を励ますものであったこと。この応援団が生徒の後ろにいてくれるのは、とても頼もしい。

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首藤隆司歌集より「卒業式」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より 第703回(2010年3月2日) 首藤隆司歌集より 卒業式娘を持たぬ我が身にも花嫁の父の心測らる 事ごとに歯向かいて来し生徒なるが「先生ありがとう」と寄せ書きに書く  こんにちは首藤隆司です。 まだまだ寒い日が続いていますが、3月になりました。県内の高校では、次々と卒業式が行われます。入学式と卒業式は、学校では最も大切な二つの行事といえるのではないでしょうか。私は、高校教師を退職して14年になりますが、卒業式のニュースを聞くと今でも心が躍ります。  私は、夜間定時制の教師を29年勤めたので、定時制の卒業式にたくさんの思い出があります。定時制では生徒の数が少ないため、一年生の担任になると、そのまま四年間その生徒たちと付き合うことになり、お互いに気心が通じ合う関係になります。卒業式が近づくと、お互い何となく寂しくなってきます。  私には息子が二人いますが、娘はいません。娘を持った父親は、娘が結婚適齢期になると、あるいは結婚が決まると、心配やら寂しいやらで落ち着かないという話をよく聞きます。卒業式が近づいた頃の私の気持ちは、まさにそれだと思います。まず、出席時間が足りない生徒、テストで赤点を取った生徒が無事卒業出来るかどうかが心配です。補習をしたり、追試験の勉強をさせたりして、何とか卒業が認められると、この生徒たちとの別れがつらくて、ちょうど娘を嫁がせる父親の気持ちはこんなのだろうなという気持ちになります。  生徒にはいろんな…

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夜の教室から(80)

   誕生日に贈る新聞のTV欄  マンモス教育で育った生徒に、一人ひとりを大事にしていることを感じてもらおうと、生徒の誕生日に、クラスのみんなで拍手を送り、記念品を贈ることにしている。  一年生の時は、マイコンで生徒の生年月のカレンダーを打ち出して贈った。生徒は親にも見せて喜んだ。二年生の時は、学校図書館から新聞の縮刷版を借りて、生徒の生まれた日の新聞の一面をコピーして贈った。  これも興味深そうに見ていたが、ある生徒が「どうせなら、テレビ欄をコピーして」と言ったので、三年生になった今は、テレビ欄のある面をコピーして贈っている。  三つしかチャンネルのなかったテレビ番組欄を見て、今もリバイバルでやっている番組を見つけて喜んだり、タレントの若いころの写真を見ておもしろがったりしている。  さすが生まれた時からのテレビっ子である。

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夜の教室から(79)

   感情だけでものを考える子  「先生、おれの友達で、定時制に来たいのがいるんだけど、どうすればいい?」「中学を出てから、どうしていたんだね」「全日制へ入ったけど、一年の時退学したんだ」「ああ、それじゃ来年春、入学試験を受けなければいけないね」「えっ、来年おれと一緒に四年生になられねえんだ?」「おまえねぇ、中学を出て三年間遊んでいて、定時制の四年生を一年間だけ通えば高校を卒業出来るんなら、いま定時制に来ている生徒はみんな学校やめて、四年生の時だけ来るようにするだろう。おまえだって、これまでの三年間、何のために苦労してきたんだ?」「なあんだ。だめか」「来年、入学試験を受けるように言えよ」「いや、あいつそれなら来ないよ。もういいって」  友達と一緒に学校へ来たいという感情だけでものを考える現代っ子である。

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夜の教室から(78)

   テスト好きな子嫌いな子  定時制では最近、テストになると休む生徒がいる。勉強が嫌いでテスト勉強を逃げ回って、テストも逃げる。追及すると、「体の具合が悪かった」とか「用事があった」とかうそを言い、最後に、「受けたってどうせ赤点だもん」とほんとうの気持ちを打ち明ける。  あるいは親や兄弟に頼んで、病欠の届けをさせる。もちろん仮病である。全日制で登校拒否症だった編入生は、テストで緊張して登校できない場合もある。 半面、全く勉強してこないで、「先生、次は何のテストだ?」とケロリとした顔で、つぎつぎと白紙に近い答案を出す生徒や、「先生、もうこれでテスト終わりだね」「何だ、まだテスト受けたいんかね」「当たり前だよ。テストだと毎日早く帰れるもん」というたくましい(?)生徒もいる。いずれも現代社会が育てた青年像である。

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夜の教室から(77)

   文学のすばらしさを朗読で  小説教材を教えるときは、最初に朗読してやって、すぐ感想を書かせ、授業が終わってからまた感想を書かせるようにしている。初めの感想にいいものが多い。  授業後の感想は、理屈が多くなって、私の授業の悪さが分かり、反省させられる。今は、生徒を小説の世界に遊ばせることに力を注ぎ、そのため、最初の朗読に力を入れている。  先日、定時制の一年生に、葉山嘉樹の「セメント樽の中の手紙」を読んでやったら、女子の一人が、「先生、涙が出そうだっけ、もう一遍読んで」とせがまれた。今の子供は本を読まないというが、読んでやれば、文学のすばらしさを理解する力は持っている。  初めの感想には、彼らの素朴な感動が表れている。それにしても、授業で小説を教えるのは難しい。 私は、合唱曲と、モーツアルトのオペラ「ドン・ジョバンニ」の二重唱「お手をどうぞ」を歌います。

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夜の教室から(76)

   親子に預けた宿題に期待感  夏休みの家庭訪問をしている。定時制の場合、両親が共働きで、本人も働いているので、夜の七時以後に訪問する。休みに入る前、生徒に「夕食を一緒に食べるだけでも親孝行になるんだから!」と言っておいたが、幸い生徒はみんな家にいた。  一、二年生の時は定時制の劣等感をなくすために生徒の長所をほめる話をしてきたが、いよいよ自立の時期三年生なので、一つ二つの欠点の克服を夏休みの宿題として親と生徒に預けてきた。生徒は苦笑していたが、親は喜んでくれた。この宿題が、二学期からのクラスの雰囲気にどう影響するか期待もあるが、卒業まであと1年半「自立」は息の長い課題である。親と協力して指導していける態勢が出来たことを喜びたい。 私は、コーラスとオペラ「ドン・ジョバンニ」の二重唱「お手をどうぞ」を歌います。田舎娘を誘惑する歌です。

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夜の教室から(75)

   学校の楽しさ定時制で養う  授業中騒がしい定時制のクラスでアンケートを取ってみた。  クラスの長所として、ほとんどが「楽しい」「おもしろい」「個性的な友達がいる」を挙げ、短所としては、「騒がしい」「授業中うるさい」を挙げている。教師としては、すぐ「騒がしい」「うるさい」に注目して眉をひそめるが、よく考えてみると、高校が”灰スクール”と呼ばれ、登校拒否や退学生が増えて問題になっているとき、学校が「楽しい」「おもしろい」という声は、貴重だと思う。授業中うるさいのも確かに困るが「学校がおもしろくない」とか「学校をやめたい」と言われるのに比べたらありがたいと思わなければならないだろう。  定時制で、楽しい学校を作り得ているということは、現代の教育に対する重大な警鐘だと言ったら、言い過ぎだろうか。

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夜の教室から(74)

   欠席防止に効果あり電話戦術  わが定時制では、給食が終わるとクラス担任が、欠席生徒の家庭へ一斉に電話を入れ始める。生徒は「先生、もう休まないから電話しないでくれ」と言うが、電話をしないと夜遊びの誘惑に負けて、親を欺いて学校を休むので、この電話をやめるわけにはいかない。電話しないと欠席が増え、結果として退学者が増える。  これまで二つの高校を中退して、編入学してきた生徒の母親から「先生の電話のおかげで、やっと三年生になれました。今年もまた電話をお願いします。今度こそ卒業してもらわないと、ほんどに困ってしまいます」と、すごく感謝された。やはり、面倒だがせっせと電話をしなければならないと思っている。生徒も、口では文句を言いながら、教師の真意は理解しているようだ。

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夜の教室から(73)

   長い物差しで測る教育を痛感  二十数年前の定時制の卒業生が、久し振りに訪ねてきた。在学中は、泣き虫のいじめられっ子で、困難な事からは逃げ回る問題児だった。ほれっぽい性格で、何度か片思いのグチ話を徹夜で聞いてやったこともあった。そんな彼が、今では建材リースの会社を興し、数十人の社員を擁している。借金なしの健全経営だという。  今になって、あのころの先生の大変さが分かってきたという。人を使っていると、いろいろな人間がいて、それを動かすには一人ひとりの個性をつかむ必要があるという。学生時代の彼から、今日の彼を予想することは出来なかった。 われわれは、生徒を一年とか三、四年の物差しで測る癖があるが、教育は二十年、三十年の長い物差しで測る必要があると思った。

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夜の教室から(72)

   「無職でいたい」にギョッ!?  定時制の生徒に目標を持たせようと「十年後の自分」という作文を書かせた。金持ちになって豊かな暮らしをする、大スターになって、いい車を乗り回すなどの夢はたあいないが、中に三人「無職でいたい」というのがあって、ギョッとした。「今の会社にはいないと思うが、本当のことをいえば、もう少し遊びたいので無職でいたい」と書いている。考えてみると、彼らは、高校入試に失敗して、突然定時制に進学し、職場を選ぶ余裕もなく就職して働いているので、人間いかに生きるべきか、とか、労働の意味など本気で考える場面はなかったのである。そして、見事に現在の社会の風潮を身につけているのである。  今必要なのは、目先の職業教育より、人間の生き方教育を学校、家庭、社会で行うこと、大人がいい見本を見せることである。

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夜の教室から(71)

   進級査定に割り切りは禁物  胃が痛む「魔の進級査定会」が終わった。毎年「定時制といえども高校だから、規定の点数に達しない者は落第させるべきだ」「定時制に通うだけでも大変なんだから、本人が来る気がある限り、やらせるべきだ」という論争を繰り返してきた。今年も、「生徒を甘やかすべきでない」「いや、温情で生徒を感動させるべきだ」などの討議を繰り返し、結局もう一度だけ生徒に進級のチャンスを与えることにした。今思えば、規定通り落第させるのも、論議抜きに進級させるのも間違いで、「高校とは」「定時制とは」という激しい論争を繰り返した上で、悩みながら何とか進級させる方法を考えてきたのが正しかったのだと思う。教育に割り切りは禁物。このわれわれの真情が、生徒と父母の心に響いてほしいと祈るような気持ちである。

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夜の教室(70)

   学友に支えられ見事詩暗唱  定時制の一年生、国語の授業で三好達治「甃(いし)のうへ」の暗唱検定をやった。みんなの前で詩を暗唱できると、私の手作りの認定証を渡す。だんだん合格者が増えて、残りが数人になったころ、低学力のA子のまわりの女の子が、盛んに「やれ、やれ」とA子をけしかけている。A子は赤くなってうつむいている。手に紙切れを握りしめているので見せてもらうと、詩を平仮名だけで書いた紙がよれよれになっている。きっと検定が予告されてから毎日持ち歩いていたのだろう。「やってみよう。まちがえても、やり直せばいいんだから」と励ましたら、立ち上がった。彼女が一行暗唱するごとに、女子全員が大声で、「ウン」「ウン」と確認する。間違えると、「アッ」と声を出す。暗唱し終わると、みんな拍手と歓声で大騒ぎ。A子は、机につっぷしてしまった。

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夜の教室から(69)

   A君の一言で苦労報われる  定時制四年生最後の漢文の授業。各班で漢和辞典を引き、相談しながら、やっと口語訳が出来上がったところでチャイムが鳴った。その途端、いつも赤点を取っているA君が「いつもこの時間が終わると、ああ勉強したなあという気がするんだよなあ」と大きな声でひとりごとを言った。  このクラスは四年前、入学早々校内暴力事件を起こした。授業妨害や雑談、サボリで授業が軌道に乗らず苦労したクラスだった。「全員百点小テスト」で基礎学力をつけ、「暗唱検定」をやり、班を作り、相談しながら課題をやり、班競争で正解を探っていくような授業を作ってきた。その苦労が、A君のひとりごとで報われた。しかもその一言が、いつも赤点を取っていたA君のものであったので、余計うれしかった。

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夜の教室から(68)

   官僚主義が生徒の不信助長  定時制へ来る生徒は、それまでの学校生活でいやな思いばかりしているので、学校や教師に不信感が強い。親身になって面倒をみて、不信感を解かないと指導がうまくいかない。  ある生徒が職場の都合で定期テスト中の一日、欠席しなければならなくなった。その生徒が「先生、その日の教科は何だ?」と聞いた。まだ時間表を発表する日ではなかったので、「時間表は出来てるけど、まだ発表は出来ない」と私は答えた。すると生徒は、「何だ?それは」と怒り出した。「他の生徒に発表してないのに、おまえにだけ教えるわけにいかないだろ?」と説明したが、「決まっているんなら教えてくれてもいいろ? 変なのー」と納得しなかった。こんなところに、私の「内なる官僚主義」が表れ、生徒の不信感を助長していると反省させられた。

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夜の教室から(67)

   叱るより励ますことの必要痛感  定時制の二年生、赤点が多く授業態度も悪いので、このままでは進級できないぞと何度も叱ってきた。一向に効き目がないので家庭訪問してみた。親に事情を説明したら大変恐縮して、実は勉強しないと落第させられると言うと、「それで、いいじゃないか」と開き直るんですという話。はっとした。本人はどうしようもなくなって、ふてくされていたのだ。これでは叱れば叱るほどやる気をなくさせる。彼にいま必要なことは、自信を持たせて励ましてやることだ。今みんなが一番苦しいときで、三月まで授業と出席で頑張れば進級できるからしっかりやれと励ましてやってくれと言ったら、親の顔が明るくなった。叱るより励ますことだと思った。

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夜の教室から(66)

   若者の正義感まだまだ健在  「赤信号、みんなで渡ればこわくない」などという言葉がはやり、ファッションや考え方まで画一化しているような若者を見ていると、そら恐ろしい気持ちになってくる。  定時制二年生の評論文の授業に必要なアンケートの中に、「みんなと一緒だと安心だという考え方をどう思うか」という項目を入れてみた。  回答二十七人中、その考えを肯定するのは、九人(三三%)。悪い、甘い考えだ、嫌いだ、安易な考えだ、勇気がない人の考えだ、など批判的な意見は十四人(五二%)あった。若者の正義感はまだ健在だと、生徒たちを見直した。

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夜の教室から(65)

   一人でも多く在学させたい  定時制の生徒が教科書、ノート、鉛筆を持ってこないのに業を煮やして、とうとう教室でノートとボールペンの実費販売をやりはじめた。文具店に勤める卒業生は「先生、そこまでしなくてもいいよ。そんな勉強する気のない奴は、学校やめさせればいいんだよ」とあきれていた。それでもノートをとる生徒が増えてきた。  これが生徒を甘やかすことになるのか、それとも少しでも勉強する気になるのか、私の実験である。卒業までに三割から五割が脱落する定時制で、やる気のない者をやめさせるのは簡単だが、一人でも多く学校につなぎとめるためには、世間では非常識だと笑われるようなことでも、大まじめでやらねばならないのである。

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夜の教室から(64)

   もっと親の”教育力”活用を  家庭の教育力が低下しているといわれる。特に定時制生徒は、家庭に問題がる場合が多い。親も子供の教育をあきらめていて、「親の言うことなんか聞かないすけ、先生殴ってやってください」といわれることもある。この場合、教師が親と仲よくなり、お互いに連絡を取り合って、生徒を指導すると効果的である。無断遅刻、無断欠席、服装の乱れ、忘れ物などは、教師だけで指導するよりも、親と連絡しながら指導する方が、何倍も効果的である。また、教師がいろいろと連絡をとると、親の方も子供の教育に関心を失わず、だんだん子供のしつけに自信を持ってくる。教師も、生徒の家庭での様子が手に取るように分かり、指導しやすくなり、一挙両得である。親の教育力をもっと活用すべきだと思う。

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夜の教室から(63)

   反抗することも自立の道筋  定時制の二年生、去年は子供っぽくて素直だった者も、だんだん言うことを聞かなくなってきた。親も、「言うことを聞かのうて」と嘆いている。困ったことには違いないが、一概に悪いことだときめつけてはいけない。親や教師に反抗することによって自立をしていくという面もあるのだ。大人になる、自立するとは、自分の中にもう一人の自分が出来、二人の自分が心の中で問答するようになることだと思う。そこへ行くまでに親や教師に対する反抗が必要な場合もある。ただ、いつまでも反抗期で、もう一人の自分が出来ないのは困る。もう一人の自分が出来るためには、芸術、特に文学が有効である。芸術的環境に生徒を置いてやることも大切である。また、創造性を育てるために、行事を用意してやることも必要である。

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夜の教室から(62)

   「いじめ」見抜き徹底的に戦う  少し頭の回転の遅い生徒が使い走りをやらされているようだ。クラスに「いじめ」があるのではないかと思った。「いじめ」があっても、生徒は「告げ口」だと思われるのをいやがって教えてくれないし、教師の前では絶対に「いじめ」を見せないので、教師の直感で探るしかない。  そこで、「先生はいじめとは徹底的に戦う。いじめた方をやめさせても、いじめられた方を守る。安心して先生に相談しなさい」と宣言し、給食時間、休み時間、教室へ行って、出来るだけ多くの生徒に一人ひとり声を掛けるようにした。使い走りはなくなったようだ。  社会全体が慌ただしくヒステリックになっているので、生徒もイライラしていて、その憂さ晴らしが「いじめ」になる。こんな努力をしてある程度は防止出来ても、根絶は難しい。

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夜の教室から(61)

   難しい不信感をなくす指導  生徒の荒廃がひどくなって、職員会議の回数が増えている。そして、討議すればするほど決まりが多くなり、取り締まりが厳しくなっていく。取り締まりを厳しくすると、一時的には効果が見えるから、ますますそれに頼り、効き目が無くなるとさらに取り締まりを厳しくするようになっていく。そうして、生徒と教師の間に深い不信感の溝ができ、生徒の荒廃はさらに進んでいく。  教育は愛だといわれるが、そんなきれいごとを言っていられない現実がある。だからといって、取り締まりだけでは悪循環の泥沼に入るだけである。当面、最低限度の決まりを作って取り締まり、一応の秩序を取り戻しながら、管理主義ではなく納得を求める指導を繰り返し行い、生徒たちと教師の間にある不信感を無くしていく愛の指導が必要なのだが、その複雑で微妙な指導を貫くことは難しい。

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夜の教室から(60)

   幼児性を抜け出せず薬漬け  定時制の生徒は、よく教務室へ薬をもらいに来る。先生に声をかけてほしい気持ちもあるのだろうと思って、出来るだけ話をする。  聞いてみると、さっき家で薬を飲んだけど効かないからと言う者もいる。薬は飲めばすぐ効くものと思っているようだ。外傷がないのに救急ばんそうこうをくれと言う者がいる。指が痛いからと言う。これは消毒用で、痛み止めではないと言ってもだめで、はってやると満足している。一つは、テレビのCMに毒されて、何でも薬ですぐ治ると思っている。また、薬さえつければ安心という、幼児性から抜け出していない。薬とはどういう物かという事だけでなく、科学的な物の考えかたを教える必要を感じた。

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夜の教室から(59)

   ”学生の魂”忘れてどうする  刀が武士の魂なら、教科書・ノート・ペンは学生の魂だと思う。ところがわが定時制の生徒たちはこの魂を持たないで授業を受けるのである。教室のロッカーや玄関の靴箱の中に教科書を隠しているものはまだいい。「どっか行った」と言って、捜そうともしない者もいる。こちらも授業を守るため、毎時間「教科書・ノート・ペンの点検」を始めた。小学校でもこんな情けないことはやっていないだろうなと思いながら。べつに罰は科さないで、数の推移を学級通信に載せ、学校を高校らしくしようと訴えるだけであるが、それでも、四週間かかって三十一人中十九人いた忘れ物常習者が、四ー五人に減った。しかし、教科書を持ってきたからといって、勉強するわけではない。今度は、その教科書を広げさせ、ノートをとらせる指導をどう展開するか、いま作戦中である。

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夜の教室から(58)

    明日を考える心のゆとりを   今の生徒は、小学校から忘れ物がひどい。定時制では、教科書が無償配布なので、その受領証に印鑑を押して持ってくるのを、毎日督促し、約束させても、翌日には忘れている。結局親に電話したりして、全部回収するのに二箇月もかかってしまう。  その原因を考えてみると、「明日のことを考えて生活していない」というところが問題だと思う。人間だけが明日を考えることの出来る動物だったはずだが、今や日本人は働くのに忙しくなりすぎ、夜寝る前に、明日のことを考えて準備をしておく、という習慣がしつけられなくなっているようだ。明日の準備をする心のゆとりは、人間が人間であるために必要な習慣だと思うのだが。

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