私の好きな近代短歌(225)

日の光あたたかければ外(と)に出でて今日は歩めりしばらくのあひだ  古泉千樫  今日はお日様が暖かいので、久しぶりに外に出て、しばらくの間歩いてきた。  体調のよい日には、娘たちと一緒に外を散歩することもあった。しかし咳をすれば、いつ喀血するか分からない病状だった。  ほがらかにをさなき吾児が笑ふなべ笑はむとすれば咳いでんとす  一九二六(大正一五)年には、門人たちに励まされて、「青垣会」を結成し、歌誌「青垣」の創刊を計画。しかしそれを見ることなく死去。「青垣」は、一九二七(昭和二)年、創刊され、現在も続いている。  室の障子あけてもらひて春日さす高き梢をわれは見にけり 冬の夜はまよなかならむ目ざむればやがて咳いでとどまらなくに

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私の好きな近代短歌(224)

ひたごころ静かになりていねて居りおろそかにせし命なりけり  古泉千樫  一心に安静にして寝ている。思えば、これまで乱暴に扱ってきた命だなあ。  門人も増え、これからの活躍が期待された時、突然喀血した千樫は、故郷の千葉に帰って静養した。思えば、若さにまかせてずいぶん無理をした生活だった。  当時、結核の特効薬はなく、治療といえば栄養のあるものを食べて、安静にしているだけだった。死病と恐れられ、死亡率は高かった。千樫は安静療法を忠実に守ったが、病状は一進一退だった。そんな中で、一九二五(大正一四)年、歌集『川のほとり』を出版した。  いきのをに息ざし静めこの幾日ひた仰向きに寝ね居る吾れを  うつし世のはかなしごとにほれぼれと遊びしことも過ぎにけらしも

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私の好きな近代短歌(223)

瓶(かめ)の中に紅き牡丹の花いちりん妻がおごりの何ぞうれしき  古泉千樫  瓶にみごとな紅の牡丹が一輪活けてある。妻が思いきって高価な牡丹の花を買ってくれたのだ。何とありがたいことだ。  一九二四(大正十三)年、三九歳の時、千樫は突然血を吐いた。結核だった。寝たり起きたりの毎日が始まった。つつましい生活だったが、妻は千樫の目を楽しませるために、豪華な紅の牡丹を一輪買って、部屋に飾った。それが千樫にはうれしかった。  この頃千樫は、「アララギ」派以外の歌友が増え、北原白秋や土岐善麿たちと歌誌「日光」を創刊した。それが「アララギ」同人たちを怒らせ、千樫は「アララギ」を遠ざかることになる。アララギ叢書として刊行される予定だった千樫の歌集『屋上の土』も、ついに生前には出なかった。

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私の好きな近代短歌(222)

茱萸(ぐみ)の葉の白くひかれる渚みち牛ひとつゐて海に向き立つ  古泉千樫  グミの葉が白く光っている渚の道に牛が一頭いて、海の方を向いて立っている。  千樫は農家の生まれで、幼い頃から牛の世話をしてきた。千樫にとって牛は、身近で親しみを持った対象だった。したがって牛を詠んだ歌が多い。  グミの葉は固く、裏が白い。風が吹くとそれが白く光る。海辺の道に牛が一頭、のっそりと立って、じっと海の方を見ている。牛の絵が得意だった坂本繁二郎の油絵を見るような情景だ。  牛は、深遠な哲学者を思わせる。大きな目は深い色に澄んで、宇宙の真理についてじっと考え込んでいるかのようだ。  ふるさとの春の夕べのなぎさみち牛ゐて牛のにほひかなしも

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私の好きな近代短歌(221)

たたなづく稚柔乳(わかやはちち)のほのぬくみかなしきかもよみごもりぬらし  古泉千樫  重なった若くて柔らかい乳房が、かすかに温かくて愛しいことだ、身ごもったらしい。 次女を失った悲しみを抱く、若い千樫夫婦に、次の懐妊がもたらされる。  妻から妊娠を告げられた千樫は、貴重な宝物を愛でるように、妻の裸身をいとおしく抱きしめる。その喜びを、「か」「も」「よ」という詠嘆の助詞を三つも使って表現している。稚柔乳という表現は、万葉調を思わせるが、万葉集にはない言葉だ。千樫の造語で、まことにうまい表現である。  エロチックな描写だがいやらしくなく、みずみすしい生命力と清潔感があふれているのは、千樫の品格のせいである。最近の短歌には、受けをねらってエロチックな場面を詠むものがあるが、この歌は格が違う。

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私の好きな近代短歌(220)

光りつつたちまち消えし流れ星あかつきの海はいまだ暗しも  古泉千樫  光りながらたちまち消えた流れ星よ。明け方の海はまだ暗いままだ。  千樫は四人の娘をもうけた。次女の条子は生まれてまもなく亡くなった。亡骸を故郷に埋葬するべく、柩を抱いて夜行の船で千葉へ帰った。明け方の海上の空に流れ星が走った。千樫には、あっけなく逝った条子の魂のように見えた。  今でこそ、日本の嬰児の死亡率は世界一低いが、当時の嬰児の死亡率は高く、たくさんの親が子を失った悲しみを味わっていた。またそれだけに、子供をたくさん産んだ。  ぬばたまの夜の海走る船の上に白きひつぎをいだきわが居り  抱きゆく小さき柩にふるさとの朝日ほのぼのと流らふるなり

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私の好きな近代短歌(219)

ねむの花匂ふ川びの夕あかり足音(あおと)つつましくあゆみ来(く)らしも 古泉千樫  ねむの花の匂う川辺の夕明かりのなかで待っていると、つつましい足音が聞こえてくる。やっとあなたがやって来たようだ。  激しい片思いがやっと叶って、彼女とデートをするようになる。当時のことだから村の中でデートというわけには行かない。千樫は東京に出、彼女も故郷を出た筈だが、なかなか会えない。ようやく会えることになり、初夏の夕方、ねむの花の咲く川辺で待っているが、なかなか彼女は来ない。待ちくたびれた頃、ようやくつつましい足音が聞こえたというのである。恋する青年の不安と、心躍る気持ちがよく伝わる歌である。しかしこの恋はうまく行かなかったらしい。「川び」の「び」は、万葉集に使われている語で、「辺り」「廻り」という意味である。

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私の好きな近代短歌(218)

君が目を見まくすべなみ五月(さつき)野の光のなかに立ちなげくかも  古泉千樫  あなたを見たくてどうしようもなく、五月の野原の明るい光のなかに立って、嘆いていることだ。  まだ十代の千樫は、東京への憧れを抱きながら、故郷で一人の少女にはげしい恋心を抱いていた。「見まく」は「見ること」、「すべなみ」は「方法がないので」という、古い言い方。千樫は十七歳ですでに「万葉代匠記」「万葉集古義」を読破していた。この歌はその影響を受け、万葉調になっている。  激しい片思いに悩む若者が、光あふれる五月の野に立って、彼女の姿を一目見たいと思い詰めている姿は、万葉時代も今も変わりない、若く純真な恋の情景で、微笑ましい。  椎(しひ)わか葉にほひ光れりかにかくにわれ故郷を去るべかりけり

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私の好きな近代短歌(217)

都べにいつかも出でむ春ふかみ今日の夕日の大きく赤しも  古泉千樫  東京にいつかは出よう。春も深まり今日の夕日は大きくて赤い。  明治の田舎の青年のほとんどが、いつかは東京に出て身を立て、名を挙げ、故郷に錦を飾る夢を抱いていた。特に千樫のようなインテリ青年は、このまま田舎に埋もれてしまう人生に甘んずることはできなかった。一九〇九(明治四二)年に発表された田山花袋の小説、「田舎教師」の主人公林清三が、当時の田舎の青年教師の悩みをよく伝えている。  東京の清新な文化に憧れ、無知蒙昧な身辺を嘆く千樫は、そこから抜け出せない焦りを感じながら、無為に過ぎゆく春の夕べ、やけに美しい大きくて赤い夕日を眺め、ぼんやり物思いにふけるしかなった。当時の都会と田舎の文化の格差は、想像を絶する。

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私の好きな近代短歌(216)

山火事の火影おぼろに宵ふけて家居かなしも妹(いも)に恋ひつつ  古泉千樫(こいずみちかし)  山火事の火がぼんやりと霞んで、夜になった。あの人のことを恋しく思いながら家にいると、悲しくなってくる。  古泉千樫は一八八六(明治十九)年、千葉県の自作農の長男に生まれ、一九二七(昭和二)年四一歳、結核で亡くなった。十九歳で「馬酔木(あしび)」に投稿、伊藤左千夫に激賞され、後「アララギ」の編集を任された時期もあった。松倉米吉など、若い歌人を「アララギ」に導いた。  この歌は十九歳の作品。どうしようもない片思いに悩む、田舎の青年の悶々とする気持ちを、山火事の火が見える不安な夜の風景に重ね、巧みに表現している。当時、千樫は故郷で小学校の教師をしていた。

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