私の好きな近代短歌(56)

照る月の冷(ひえ)さだかなるあかり戸に眼は凝らしつつ盲(し)ひてゆくなり                                     北原白秋  月光が射して、外が冷えてきたことがはっきり分かる明るい障子をじっと見つめながら、私の目は見えなくなっていくのだなあと思っている。  白秋は、一九三七(昭和十二)年、五二歳の時、糖尿病と腎臓病で眼底出血して入院する。そして次第に視力を失っていく。  月光に照らされて障子が明るんだのをぼんやりとした視野に感じながら、まったく目が見えなくなるであろう自分の将来を、暗澹たる、しかし半ば諦めた気持ちで思いやっている白秋の姿は痛々しい。それでありながら「冷さだかなる」と、爽やかで澄み切った晩秋の空気を的確に描く白秋の詩的表現力はさすがである。一九四二(昭和十七)年、五十七歳で「新生だ」の一語を残して永眠した。  晩年の白秋は一九三三(昭和八)年、進歩的教師小原国芳を学園から追放しようとする成城学園事件の時、父兄として小原擁護の立場を取り、小原を守ろうとした同僚、岩間正男と知り合う。後に岩間は白秋の高弟になり歌誌「多摩」の編集人となった。岩間は、戦後、共産党の参議院議員になる。

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わたしの好きな近代短歌(55)

君かへす朝の舗石(しきいし)さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ 北原白秋  君を帰す朝の敷石に雪が降っている。雪よ、さくさくとリンゴの香りのように降ってくれ。  平安時代に後朝(きぬぎぬ)の別れというのがあった。女を訪ねた男が一夜を過ごし、翌朝帰っていく別れを言う。ここは逆に、訪ねてきて一夜を過ごし帰っていく女を見送る歌である。  愛を交わし、別れる朝は雪が降っている。清らかで美しい恋のイメージである。その雪に「林檎の香のごとくふれ」と呼びかけ、二人の愛、彼女の美しさを讃美している。愛の詩人、白秋のみごとな叙情である。現代の感覚では、「気障(きざ)な奴だ」と悪口を言いたくなるが、「やっぱりかなわないなあ」とシャッポを脱ぐ。

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私の好きな近代短歌(54)

いそいそと広告塔も廻るなり春のみやこのあひびきの時 北原白秋  今日は広告塔もいそいそと廻っているように見える。春の東京でデートをしていると。  隣家の不幸で美しい人妻俊子との、人目を忍ぶデートなのだろう。春のうきうきする感じとともに、何か胸がドキドキするような感じがする。  夫に訴えられて、二人は姦通罪で逮捕されるが、結局示談で解決する。白秋は世間の批判に苦しみ、自殺を考えたりする。  その後、離縁された俊子と偶然出会い、二人は結婚して三崎に住む。そして、彼女の病気療養のために小笠原の父島へ行く。しかし彼女は島の生活に退屈し帰ってしまう。結局、俊子とはうまく行かず、離婚する。  それまで詩壇の寵児として浮かれていた白秋が、本気で文学に打ち込むようになる。

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私の好きな近代短歌(53)

いつしかに春の名残となりにけり昆布干場のたんぽぽの花 北原白秋  いつの間にか春の名残になってしまったなあ。昆布干し場のたんぽぽの花は。  「一九一〇暮春三崎の海辺にて」と詞書きが付いている。数年後には、姦通事件の相手俊子と三崎に住むことになるのだが、この時は三崎に遊びに来て、この歌を詠んだ。白秋の故郷福岡県の柳川は水郷だが、海も近かった。海が懐かしいのか、白秋はよく三崎を訪れた。三崎には「城ヶ島の雨」の詩碑が建てられている。  やがて来る夏には昆布が採集されて干される砂場に、もう綿帽子になったものもあるタンポポの花が咲いている。もう春も終わるのだなあという感慨を歌っている。この時代まだ西洋タンポポは増えてなくて、関東タンポポの群生を見ているのだろう。 生徒に学ぶ―首藤隆司集 (日本全国歌人叢書)近代文芸社 首藤 隆司 Amazonアソシエイト by ウェブリブログ

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私の好きな近代短歌(52)

手にとれば桐の反射の薄青き新聞紙こそ泣かまほしけれ 北原白秋  新聞を手にとると、頭上の桐の葉の緑が反射して、薄青く見える。何か泣きたいような気持ちがする。  白秋にかかると、新聞紙までがロマンチックな小道具に変わってしまう。伝統的な短歌の世界でなく、ヨーロッパの近代詩の翻訳を読むようなハイカラな気分になる。  場所は公園でもあろうか。桐の木の下に置かれたベンチに、洋服を着た紳士が腰掛けて新聞を開く。頭上の桐の葉の緑が反射して、新聞がうっすらと緑色に染まっている。それを見ると何となくセンチメンタルな気持ちになって、泣きたくなる。  当時のインテリたちには新鮮な感覚を与えただろうが、現代人には少しセンチメント過剰で、甘ったるい。

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私の好きな近代短歌(51)

病める児はハモニカを吹き夜に入りぬもろこし畑(ばた)の黄なる月の出   北原白秋  病気の子はハーモニカを吹いて、夜になった。トウモロコシ畑に黄色い月が昇って来た。  白秋は幼少時、異常なほど感受性が強く、病弱だった。この歌は、自分の体験を下敷きにしているかも知れない。  お金持ちの家の病弱で内気な少年が、ハーモニカを買ってもらって、一人で吹いて遊んでいるうちに日が暮れ、トウモロコシ畑に黄色い月が昇ってきたという情景は、大正時代の少年雑誌「赤い鳥」の童謡の挿し絵に似合いそうである。もっともまだ「赤い鳥」は発行されていなかったが。  白秋は、大人の考える、小さい紳士としての子供でなく、子供らしい子供、童心を持った子供を育てようという考えを持ち、雑誌「赤い鳥」の運動に積極的に参加した。

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私の好きな近代短歌(50)

廃(すた)れたる園に踏み入りたんぽぽの白きを踏めば春たけにける 北原白秋  久しぶりに故郷に帰ってみると、人の住まなくなった我が家の庭はすっかり荒れ果て、たんぽぽが我が物顔に咲いている。その綿毛になったものを踏むと風に飛び散って、もう春が過ぎようとしているのだなあと思う。  「郷里柳川に帰りてうたへる歌」である。 「にける」は、完了の「ぬ」の連用形「に」に、過去・詠嘆の助動詞「けり」の連体形が付いたもので「~してしまったなあ」となる。連体形で止めたのは、読後に余韻を残す効果をねらったもの。つまり白秋としては、季節の移りゆきだけでなく、我が家の没落への感慨も込めているのである。実家は海産物問屋の旧家だったが、父の代に酒造業を始め、火事で営業に失敗、倒産した。

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私の好きな近代短歌(49)

かくまでも黒くかなしき色やあるわが思ふひとの春のまなざし 北原白秋  こんなにも黒く哀しい色があるのだろうか。私の愛する人の春の眼差しの色よ。  「かなし」は、感動の深さを表す形容詞で、「悲し」「哀し」「愛し」などニュアンスの違いがある。この場合はどれだろうか。白秋はわざとかなで書いて、読者に判断を任せている。隣家の美しい人妻への同情から恋に落ちて、相手の夫に訴えられ、白秋は姦通罪で獄につながれた。道ならぬ恋だから、私は「哀し」を採ってみた。「や」は、疑問、反語(強い否定)の助詞だが、この場合は疑問でいいだろう。  春、道ならぬ恋に情念を燃やす美人の暗く深い眼の色を、「こんなに黒くかなしい色がこの世にあったのか」と表現する巧みさには脱帽する。

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私の好きな近代短歌(48)

ヒヤシンス薄紫に咲きにけりはじめて心顫(ふる)ひそめし日  北原白秋  ヒヤシンスが薄紫色に咲いたなあ。初めて心が感動に震えた日に。  ヒヤシンスは、水栽培などにする花で、ご存じだと思う。固く長い七、八枚の葉の真ん中から太い花茎が伸びて、ピンク、紫、青、などの小さい花がびっしりと房状に付き、芳香がする。日本には、幕末にオランダから輸入された。ハイカラ好みの白秋はこの花を見逃さず、うまく短歌に取り込んだ。「心顫ひそめし日」は、何を意味するのだろうか。白秋はわざと曖昧にしているが、「初めてあの人に恋心を抱いた日」を暗示しているのだろう。ヒヤシンスの香りは、清らかだが少し妖しく官能的なものを感じさせる。ヒヤシンスの花と恋の始まりの取り合わせ、白秋得意の感覚の世界である。

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私の好きな近代短歌(47)

春の鳥な鳴きそ鳴きそあかあかと外(と)の面(も)の草に日の入る夕    北原白秋  春の鳥よ、鳴かないでくれ、窓から見える野原に赤々と陽が沈んでいく夕方には。お前が鳴くと、私も泣いてしまいそうだ。  北原白秋は、一八八五(明治十八)年、福岡県に生まれ、一九四二(昭和十七)年五十七歳で没。作品は、詩、短歌、童謡、俗謡、民謡、絵画など多彩で、詩神と呼ぶにふさわしい。  「な~そ」は、禁止の助詞で「~するな」、「外の面」は屋外の意味。したがって、作者は室内から外を見ていることになる。  伝統的な短歌の世界でなく、西欧的な詩の世界、夕陽を見ると何故か涙ぐんでしまうセンチメンタルな気分を歌って、当時の若者に清新な感動を与えた。今読んでみると、少し甘ったるい感じがする。

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