私の好きな現代短歌(254)

大衆収奪予算というその性格をつきつめにつつ短しこの夜は  岩間正男  大衆を収奪する予算というその性格を追究していると夜は短く、もう夜が明けてきた。  一九四三(昭和二三)年。インフレで物価は高騰する。政府は臨時国会に予算案を提出するが、生活の苦しい国民に重い税金がかかってくる。正男はその予算案の問題点を究明するために、停電の夜蝋燭をつけて徹夜をする。当時、停電が多かった。  蝋涙は垂りやまずして停電の夜半を書きつぐ思いのひとすじ  息つめて物書くひまも蝋の香は流れつつやまず夜半の机に  蝋の灯を吹き消したれば蚊帳ぬちに匂い流れぬいまは眠らむ  団扇白くおかれし畳が蚊帳越しに暁(あけ)のひかりにうかびて見ゆる

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万葉集全釈(493)

四九三 置きて行(ゆ)かば妹(いも)恋ひむかもしきたへの黒髪敷きて長きこの夜を 田部忌寸櫟子(たべのいみきいちひ) 置いて行ったならば、あなたは恋しがるだろうか。黒髪を敷いて寝る長いこの夜を。 かも=疑問 しきたへの=黒髪の枕詞 黒髪敷きて=女性が一人で寝る様子

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万葉集全釈(492)

田部忌寸櫟子(たべのいみきいちび)が太宰に任じられた時の歌四首 四九二 衣手(ころもで)に取りとどこほり泣く子にもまされるわれを置きていかにせむ  舎人吉年(とねりのよしとし) 衣の袖に取りすがって泣く子ども以上に悲しむ私を置いて、あなたはどうするのでしょう。 田部忌寸櫟子が太宰府に転勤することになって、舎人吉年(女性)が別れを悲しんで読んだ歌である。

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私の好きな現代短歌(253)

手巻煙草はばかりもなく売られおりこの闇市の露地の一角    岩間正男  配給以外のタバコの販売は禁止されているのに、この闇市の露地の一角では、何のはばかりもなく手巻きタバコが売られている。  主食の米、麦はもちろん、酒、タバコ、衣料品などは勝手な売買は禁止されていたが、町のあちこちに露天の市場が出来、そこでは公然と、あるいは非公然で何でも売られていて、闇市と呼ばれていた。値段は高く闇値と言われたが、生きていくために必要な物品はそこで手に入れるしかなかった。いま私たちや子や孫が生きているのは、法律を犯して闇の品物を手にしたからだとも言える。  鳥の腹露店に裂きいる男いて晦日の夜露ひかりそめたる  闇市よりそらすひとみに雪雲の光りうすうすと夕焼くるなり

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万葉集全釈(491)

四九一 川の上(へ)のいつ藻の花のいつもいつも来ませわが背子(せこ)時じけめやも 川の上のいつ藻の花のように、いつもいつも来てください貴方、来て悪い時などありませんよ。 川の上のいつ藻の花の=「いつも」を言い出すための序詞 いつ藻=「いつ」は藻をほめる接頭語 時じ=その時ではない けめやも=反語

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私の好きな現代短歌(252)

「社会党書記長個人」ということば混迷の世の流行語となる   岩間正男 「社会党書記長個人」という言葉が、混迷の社会の流行語になっている。  一九四七(昭和二二)年の総選挙で第一党になった社会党委員長片山哲が内閣を作ったが、社会党の内紛から内閣を維持できなくなり、副総理で民主党総裁の芦田均に内閣を禅譲した。その芦田内閣副総理で社会党書記長の西尾末廣が、昭和電工から賄賂をもらっていたことが発覚して芦田内閣が倒れ、吉田茂の長期政権が生まれることになる。その事件の時、西尾は「社会党書記長個人」と言う発言をして、国民を怒らせた。政治家は何時の時代にも恥知らずな自己弁護を試みて、国民の政治不信を招く。  逞ましき面魂(つらだま)なりしかしゃあしゃあとかかる邪しまも構えいたりき

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万葉集全釈(490)

吹芡刀自(ふぶきのとぢ)の歌二首 四九〇 真野(まの)の浦の淀の継橋(つぎはし)心ゆも思へや妹(いも)が夢(いめ)にし見ゆる 真野の浦の淀み掛かる継ぎ橋のように、続けて心に懸けてくれているからだろうか、あなたが夢に見えるのは 刀自=年配の女性の尊称 継橋=板をつないだ橋 ゆ=~によって や=疑問 し=強め 夢に見えるのは、相手が私を思っているからだと古代の人は信じていた。

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私の好きな現代短歌(251)

引揚げ船いくつか還るそが中にもしや弟がと思うしばしば    岩間正男  引き揚げ船がいくつか還ってきたが、その中にもしや弟が元気でいるのではないかと、度々思う。   一九四五(昭和二〇)年秋、南洋や大陸に派遣されていたたくさんの兵隊や民間人が、船で日本に引き揚げてきた。その船を引き揚げ船と呼んでいた。正男の弟は徴兵されて南洋の方へ派遣されていたが、まったく音信不通だった。しかし一九四七(昭和二二)年、戦死の公報がはがきで届いた。  「二月十日比島ピナッポ山麓に戦死す」と伝えしのみの短き葉書  おおよそのあきらめ心と若しやという愚か心がわれを待たせし  ふと止まるわれの歩みや弟は二年前すでに比島に戦死せり

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万葉集全釈(489)

鏡王女(かがみのおほきみ)が作った歌一首 四八九 風をだに恋ふるはともし風をだに来むとし待たば何か嘆かむ たとえ風だけでも恋するとはうらやましい。風だけでも来ると思って待っているのなら、何を嘆くことがあろうか。 だに=たとえ~だけでも 恋をしていない自分を嘆いている歌。

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万葉集全釈(488)

額田王(ぬかたのおほきみ)が、近江天皇(おほみのてんおう)を思って作った歌一首 四八八 君待つと我(わ)が恋ひをれば我がやどの簾(すだれ)動かし秋の風吹く あなたのお出でを待って私が恋しく思っていると、我が家の簾を動かして秋風が吹きます。 君=天智天皇

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私の好きな現代短歌(250)

井戸水に豆腐を冷やし妻の待つ夕餉というに帰り来にけり かにかくに年祝ぎせんとひと握りのごまめは妻のもとめ来しもの たどたどし子らが書きたる手紙にて「かずの本を下さい、机も下さい、腰かけも下さい」                                     岩間正男  たどたどしく子どもたちが書いた「数の本をください、机もください、腰かけもください」という手紙が届いた。  戦争で校舎も机や椅子、教科書も文房具もない子どもたちは、国会議員に手紙を書いた。「早くこんなさむい教室で勉強しないでもいいようにしてください」という手紙もあった。教員組合出身の正男はそれを採り上げ、各地で六・三制予算獲得の運動が起こり、子どもたちも街頭で意見を発表した。  爆破されし教室の屋根がそのまま雪ぐもりの空に続けるという  炎天に子らが一途の声徹り教育再建を祈るように言う  メガホンもてさけぶ童の額よりしたたり光る汗は見にけり

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万葉集全釈(487)

四八七 近江路(あふみぢ)の鳥籠(とこ)の山なる不知哉川(いさやがわ)日(け)のころごろは恋ひつつもあらむ 近江路の鳥籠山を流れるいさや川の「いさ」のように、どうなるか分からないが、しばらくは恋しく思いながら過ごすのでしょう。 いさ=さあどうなるか分からない 日のころごろ=しばらく 右の歌は、考えてみると、高市崗本宮、後崗本宮と、二代二帝の違うものがある。単に崗本天皇とだけ称するのは、まだどちらを指すものかはっきりしない。

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(249)私の好きな近代短歌

百合一輪買い来て妻が瓶にさす奢りといわば言うを得べきか   岩間正男  この食糧難の時代に、妻が一輪の百合を買ってきて、瓶に生けてある。贅沢というならそうかも知れない。  庶民はみんな食糧をどうして手に入れようかと必死の時代、花を買ってきて飾るなどは贅沢な話だった。しかし岩間夫妻はそんな生活の中でも、美を愛する気持ち、心のゆとりを失いたくなかった。その精神が、正男の国会活動でも、教育・文化の重視に現れていた。  子どもたちが大好きだったが、自分たちの子どもには恵まれなかった岩間夫妻は、何時までも水入らずの仲の良い夫婦だった。

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万葉集から「令和」

万葉集第五巻 梅花の歌三十二首 序 天平二年正月十三日、帥(そち)の老の宅に卒(あつ)まるは、宴会を申(の)ぶるなり。時に初春の令(よ)き月にして、気淑(よ)く風和み、梅は披(ひら)く、鏡の前の粉を、 天平二年正月十三日、太宰の帥の老(大伴旅人)の家に集まるのは、宴会を開くのである。時は初春の良い月で、空気も良く、風はやわらかで、梅が鏡の前の白粉のように白く花開き、 この序は大伴旅人が書いたのではないかと言われている。 令=良い 清い 美しい 

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万葉集全釈(486)

反歌 四八六 山の端(は)にあぢ群(むら)さわき行(ゆ)くなれど我はさぶしゑ君にしあらねば 山の端にあじ鴨が漏れ騒ぐように人々は行くけれど、私は寂しいよ。それが貴方ではないので。 ゑ=嘆息を表現する間投助詞 ~よ   し=強意の助詞

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私の好きな現代短歌(248)

山青く迫れる部屋にうつしみの眠り足らいし眼(まなこ)をひらく      岩間正男  疲れ果てていた私は、山が青く迫っている部屋でぐっすりと熟睡して今目が覚めた。  一九四七(昭和二二)年は、二・一ストに始まり、参議院選挙運動、国会活動と激務が続いた。疲れ果てた正男は国会が終わった秋、湯沢温泉「高半旅館」で静養する。歌人である正男は、おそらく川端康成の「雪国」に関心を寄せただろうと思う。  当時は、食糧統制令の時代で、配給の米を持って行くか、外食券を持って行かなければ、旅館や食堂でご飯が食べられなかった。私の経験では、一九五八(昭和三三)年まで、大学の学生食堂で米飯を食べる時、外食券を提出していた。  杉の木に杉の花咲くひそけさよ谷の温泉(いでゆ)に日数こもれば

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万葉集全釈(485)

崗本(をかもとの)天皇の御製(ぎょせい)一首 短歌を併せた 四八五 神代より 生(あ)れ継ぎ来れば 人さはに 国には満ちて あぢ群(むら)の 通ひは行けど 我(あ)が恋ふる 君にしあらねば 昼には 日の暮るるまで 夜(よる)は 夜(よ)の明くる極(きは)み 思ひつつ 眠(い)も寝がてにと 明かしつらくも 長きこの夜(よ)を 神代から生まれ継いで来たので、人がたくさん国には満ちて、あじ鴨の群れのように人が歩いているけれど、私が恋している貴方ではないので、昼間は日が暮れるまで、夜は夜が明ける極まで、貴方のことを思って眠れないで明かしてしまいましたよ、この長い夜を。 崗本天皇=皇極天皇(女帝) さはに=たくさん あぢ=あじ鴨 がてに=難しい 

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(247)私の好きな近代短歌

焼けビルの内らにともす灯影ありたしかに人の棲みつけるらし   岩間正男  空襲で焼けたビルの窓に灯影が見える。たしかに人が住み着いたらしい。  終戦直後、田舎に疎開していた人たちが東京に帰って来、戦地にかり出されていた兵隊たちが復員してきた。しかし一面の焼け野原である東京には、住む家がない。寄せ集めの木材で掘っ立て小屋を立てたり、防空壕に住んだり、窓ガラスのない焼けビルに住む人たちが増えていた。焼けトタンを被せたバラック住宅は、太陽が照りつけると中にいられない暑さになる。梅雨になると雨水が床下に溜まって湿気がひどい。  トタンの屋根朝より灼けいてすべもなし壕舎の前の日まわりの花  雑草(あらぐさ)が埋めつくせる焼跡に梅雨の日癖の雨は降りつつ

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万葉集全釈(484)

万葉集第四巻 相聞(さうもん) 難波の天皇の妹が、大和にいた兄の天皇に奉った御歌一首 四八四 一日(ひとひ)こそ人も待ちよき長き日(け)をかくのみ待たばありかつましじ 一日なら人も待つことができるが、長い日々をこんなに待っていたら生きていることができないでしょう。 相聞=親しい人の間でやりとりする歌、恋の歌が多い かつ=できる ましじ=~ないだろう

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(246)私の好きな近代短歌

せまりいる飢餓を思うとき額よりまなぶたより汗のしたたりやまず      岩間正男  国民に迫っている飢餓を思うと、国民の代表として国会議員をしている自分の重い責任を感じ、額から瞼から汗がしたたって止まらない。  戦時中も食糧難だったが、戦後になると政府の無策や悪徳商人の暗躍もあり、ますます国民は飢餓にさらされる。一方では、軍用品を隠匿して横流しをしたり、法律の網をくぐって闇物資を売買してぼろ儲けをするにわか成金もいた。  幾万枚の紙幣というを積みかさね尺もて計るしぐさとぞ聞く  計画欠配を告ぐるラジオの声洩れくるバラックの低きトタン屋根より  朝すでに汗ばむ顔を寄せ合いて電車の中に息こらしいる

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万葉集全釈(483)

四八三 朝鳥(あさどり)の音(ね)のみし泣かむ我妹子(わぎもこ)に今また更(さら)に逢ふよしをなみ 声に出して泣こう。私の妻に今更にまた逢う方法がないのだから。 朝鳥の=音の枕詞 よし=方法 右の三首は、七月二〇日に高橋朝臣が作った歌である。苗字はよく分からない。奉膳(かしはでのかみ)に命ぜられた男である。 奉膳=宮中の料理人

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(245)私の好きな近代短歌

どた靴の組と呼ばれつつ議員われ今日新しき靴をもらいぬ   岩間正男  国会内では「どた靴組」と呼ばれている私に、今日新しい靴が支給された。  終戦直後は物資不足で、革靴などは貴重品だった。戦時中に兵隊に支給されていた軍靴は「どた靴」と呼ばれていた。労働者から支持されて当選した議員たちは、貧しい身なりで「どた靴組」と呼ばれていた。議員の品位を保つために、議員全員に新しい靴が支給された。岩間は、満員電車に乗って国会へ通った。  混み合える電車の中に新しき靴をはけるが俄かにさびし  電車の中でふまれた靴をそのままに緋の絨毯を今は踏んでゆく  リュックサック背負える老婆と汗臭き四五本の手がすがる一つ吊皮に

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万葉集全釈(482)

反歌 四八二 うつせみの世の事なれば外(よそ)に見し山をや今はよすかと思はむ 無常なこの世の事なので、これまで関係ないと思っていた相良山を今は妻を思う縁と考えよう。 うつせみの=世の枕詞

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(244)私の好きな近代短歌

目をさえぎる物とてもなき廃墟の上国会議事堂のありて聳ゆる   岩間正男  目をさえぎる物もない廃墟の上に、国会議事堂がそびえ立っている。  米軍の空襲によって、一面の焼け野原になった東京の中心に、焼け残った国会議事堂だけがそびえ立っている様子を、ありのままに描いた短歌で、高層ビルに取り囲まれている今では想像も出来ない風景である。戦前は衆議院と貴族院で構成された国会が、一部特権階級の専有物として国民の上に君臨していたものを、岩間たちは庶民の代表として国会に乗り込んで行った。共産党は少数政党で「一服の清涼剤」と評された。  一服の清涼剤となるなかれ逞ましき政治力をわが思うときに  議院づとめの疲れをもちて帰りくる少女らにやさしきことばかけてな

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万葉集全釈(481)

死んだ妻を悲しんで高橋朝臣(たかはしのあそみ)が作った歌一首と短歌を添えた 四八一 白たへの 袖さし交(か)へて なびき寝し わが黒髪の ま白髪(しらか)に なりなむ極(きは)み 新(あら)た世に ともにあらむと 玉の緒の絶えじい妹(いも)と 結びてし ことは果たさず 思へりし 心は遂げず 白たへの 手本(てもと)を別れ にきびにし 家ゆも出でて みどり子の 泣くをも置きて 朝霧の おほになりつつ 山背(やましろ)の 相良山(さがらやま)の 山のまに 行(ゆ)き過ぎぬれば 言はむすべ せむすべ知らに 我妹子(わぎもこ)と さ寝しつま屋(や)に 朝(あした)には 出で立ち偲(しの)ひ 夕べには 入り居(ゐ)嘆(なげ)かひ わき挟(ばさ)む 子の泣くごとに 男(をとこ)じもの 負ひみ抱(むだ)きみ 朝鳥の 音(ね)のみ泣きつつ 恋ふれども 験(しるし)をなみと 言問(ことと)はぬ ものにはあれど 我妹子(わぎもこ)が 入りにし山を よすかとぞ思ふ 袖を交わし心通わせて一緒に寝、私の黒髪が真っ白になる際まで、新しい世を一緒にすごそうと、生きていた妻と約束したことを果たさず、思っていたことも遂げず、私のそばを離れ、慣れ親しんだ家からも出て、赤子が泣いているのも置いて、朝霧のようにぼんやりとなりながら山城の相良山の山の間に行ってしまったので、どう言えば良いか、どうすれば良いか分からないで、妻と寝ていた家を朝は出て偲び、夜には入って座って嘆き、脇にいる子が泣く毎に男だが背負ったり抱いたりして、声に出し…

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万葉集全釈(480)

四八〇 大伴の名に負ふ靫(ゆき)帯びて万代(よろづよ)に頼みし心いづくか寄せむ 大伴家の名を背負った矢入れを身につけた皇子を、後の世までもと頼りにしていた心を、これからはどこに寄せればいいのだろうか。 靫=矢を入れて担ぐ武具  右の三首は、三月二十四日に作った歌である。

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(243)私の好きな近代短歌

昼暗き院の廊下に目をこらしあくなくも思うせまれる飢えを   岩間正男  昼も暗い参議院の廊下に目をこらしながら、国民に迫っている飢餓のことをいつも思っている。  正男が参議院議員になった一九四七(昭和二二)年といえば、日本の食糧事情が一番悪くなった時で、配給とは名ばかり、遅配、欠配が当たり前だった。食糧統制令で、配給以外の米の売買は禁じられていたが、それを守っていては飢え死にする。事実、ある裁判官が法を守って餓死し、ニュースになった。  配給の食とぼしくて街まちに迫りいるものを青葉はつつむ  あたふたと今日もがれきの街を行き疾(やま)しき童(こ)らがひとみにぞあう  白き米掌に受けつつ量感を冷やびやと愛づ光る粒つぶ

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万葉集全釈(479)

反歌 四七九 愛(は)しきかも皇子(みこ)の命(みこと)のあり通(かよ)ひ見しし活道(いくぢ)の道は荒れにけり いとおしいことだなあ。安積皇子がいつも通って見ていた活道山の道は荒れ果ててしまった。 愛し=いとおしい かも=詠嘆 にけり=~してしまった

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私の好きな近代短歌(242)

せまりいる危機はつぶさに言挙(ことあ)げんつとめをもちて院に入りゆく   岩間正男  迫っている生活の危機を詳しく追求する務めを持って、参議院に入っていく。  正男の労働組合運動の出発点は、民主教育の建設と、児童たちの生活向上だったので、六・三制教育の充実のため、校舎の建設や学校給食の実施、軍国主義教育を批判し、平和民主教育の前進などに精力的に活動する。また、児童たちの飢餓を救うため、学校給食の実施拡大を要求して奮闘する。国会内の活動と国会外の大衆運動を結びつける必要を感じ、無所属から共産党議員団に属するようになる。  参議院表札新らしく書き替えて木の香におえる朝を入り来つ  議会とプロレタリヤを描きし画が世の視聴をあつめたることありき

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万葉集全釈(478)

右の三首は、二月三日にに作った歌である。 四七八 かけまくも あやに恐(かしこ)し わが大君 皇子(みこ)の命(みこと) もののふの 八十伴(やそとも)の男(を)を 召し集(つど)へ あどもひたまひ 朝狩(あさが)りに 鹿猪(しし)踏み起こし 夕狩(ゆふが)りに 鶏雉(とり)踏み立て 大御馬(おほみま)の 口抑(くちおさ)へとめ 御心(みこころ)を 見(め)し明(あき)らめし 活道山(いくぢやま) 木立の茂(しげ)に 咲く花も 移ろひにけり 世の中は かくのみならし ますらをの 心振り起こし 剣太刀(つるぎたち) 腰に取り佩(は)き 梓弓(あづさゆみ) 靫(ゆき)取り負ひて 天地(あめつち)と いや遠長(とほなが)に 万代(よろづよ)に かくしもがもと 頼(たの)めりし 皇子(みこ)の御門(みかど)の 五月蝿(さばへ)なす 騒(さわ)く舎人(とねり)は 白たへに 衣(ころも)取り着て 常なりし 笑(え)まひ振舞ひ いや日異(ひけ)に 変(か)はらふ見れば 悲しきろかも 心に掛けて思うのも大変恐れ多いことだが、我が大君の安積皇子が、大勢の男たちを召し集められ朝の狩りに鹿や猪を踏み起こし、夕べの狩りに鳥たちを踏み立たせ、愛馬の口を抑え、辺りを眺めてお心を明るくされた活道山の木立の茂みに咲く花も散ってしまった。世の中はこんなに無常なものらしい。勇ましい心を振り起こし、太刀を腰に差し、弓と矢入れを背負い、天地を永遠に治めて行かれると頼みにしていた皇子の宮殿に、にぎやかに騒ぐ家臣たちは、白い喪服を着…

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