万葉集全釈(493)

四九三 置きて行(ゆ)かば妹(いも)恋ひむかもしきたへの黒髪敷きて長きこの夜を 田部忌寸櫟子(たべのいみきいちひ) 置いて行ったならば、あなたは恋しがるだろうか。黒髪を敷いて寝る長いこの夜を。 かも=疑問 しきたへの=黒髪の枕詞 黒髪敷きて=女性が一人で寝る様子

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万葉集全釈(492)

田部忌寸櫟子(たべのいみきいちび)が太宰に任じられた時の歌四首 四九二 衣手(ころもで)に取りとどこほり泣く子にもまされるわれを置きていかにせむ  舎人吉年(とねりのよしとし) 衣の袖に取りすがって泣く子ども以上に悲しむ私を置いて、あなたはどうするのでしょう。 田部忌寸櫟子が太宰府に転勤することになって、舎人吉年(女性)が別れを悲しんで読んだ歌である。

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万葉集全釈(491)

四九一 川の上(へ)のいつ藻の花のいつもいつも来ませわが背子(せこ)時じけめやも 川の上のいつ藻の花のように、いつもいつも来てください貴方、来て悪い時などありませんよ。 川の上のいつ藻の花の=「いつも」を言い出すための序詞 いつ藻=「いつ」は藻をほめる接頭語 時じ=その時ではない けめやも=反語

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万葉集全釈(490)

吹芡刀自(ふぶきのとぢ)の歌二首 四九〇 真野(まの)の浦の淀の継橋(つぎはし)心ゆも思へや妹(いも)が夢(いめ)にし見ゆる 真野の浦の淀み掛かる継ぎ橋のように、続けて心に懸けてくれているからだろうか、あなたが夢に見えるのは 刀自=年配の女性の尊称 継橋=板をつないだ橋 ゆ=~によって や=疑問 し=強め 夢に見えるのは、相手が私を思っているからだと古代の人は信じていた。

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万葉集全釈(489)

鏡王女(かがみのおほきみ)が作った歌一首 四八九 風をだに恋ふるはともし風をだに来むとし待たば何か嘆かむ たとえ風だけでも恋するとはうらやましい。風だけでも来ると思って待っているのなら、何を嘆くことがあろうか。 だに=たとえ~だけでも 恋をしていない自分を嘆いている歌。

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万葉集全釈(488)

額田王(ぬかたのおほきみ)が、近江天皇(おほみのてんおう)を思って作った歌一首 四八八 君待つと我(わ)が恋ひをれば我がやどの簾(すだれ)動かし秋の風吹く あなたのお出でを待って私が恋しく思っていると、我が家の簾を動かして秋風が吹きます。 君=天智天皇

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万葉集全釈(487)

四八七 近江路(あふみぢ)の鳥籠(とこ)の山なる不知哉川(いさやがわ)日(け)のころごろは恋ひつつもあらむ 近江路の鳥籠山を流れるいさや川の「いさ」のように、どうなるか分からないが、しばらくは恋しく思いながら過ごすのでしょう。 いさ=さあどうなるか分からない 日のころごろ=しばらく 右の歌は、考えてみると、高市崗本宮、後崗本宮と、二代二帝の違うものがある。単に崗本天皇とだけ称するのは、まだどちらを指すものかはっきりしない。

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万葉集から「令和」

万葉集第五巻 梅花の歌三十二首 序 天平二年正月十三日、帥(そち)の老の宅に卒(あつ)まるは、宴会を申(の)ぶるなり。時に初春の令(よ)き月にして、気淑(よ)く風和み、梅は披(ひら)く、鏡の前の粉を、 天平二年正月十三日、太宰の帥の老(大伴旅人)の家に集まるのは、宴会を開くのである。時は初春の良い月で、空気も良く、風はやわらかで、梅が鏡の前の白粉のように白く花開き、 この序は大伴旅人が書いたのではないかと言われている。 令=良い 清い 美しい 

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万葉集全釈(486)

反歌 四八六 山の端(は)にあぢ群(むら)さわき行(ゆ)くなれど我はさぶしゑ君にしあらねば 山の端にあじ鴨が漏れ騒ぐように人々は行くけれど、私は寂しいよ。それが貴方ではないので。 ゑ=嘆息を表現する間投助詞 ~よ   し=強意の助詞

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万葉集全釈(485)

崗本(をかもとの)天皇の御製(ぎょせい)一首 短歌を併せた 四八五 神代より 生(あ)れ継ぎ来れば 人さはに 国には満ちて あぢ群(むら)の 通ひは行けど 我(あ)が恋ふる 君にしあらねば 昼には 日の暮るるまで 夜(よる)は 夜(よ)の明くる極(きは)み 思ひつつ 眠(い)も寝がてにと 明かしつらくも 長きこの夜(よ)を 神代から生まれ継いで来たので、人がたくさん国には満ちて、あじ鴨の群れのように人が歩いているけれど、私が恋している貴方ではないので、昼間は日が暮れるまで、夜は夜が明ける極まで、貴方のことを思って眠れないで明かしてしまいましたよ、この長い夜を。 崗本天皇=皇極天皇(女帝) さはに=たくさん あぢ=あじ鴨 がてに=難しい 

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万葉集全釈(484)

万葉集第四巻 相聞(さうもん) 難波の天皇の妹が、大和にいた兄の天皇に奉った御歌一首 四八四 一日(ひとひ)こそ人も待ちよき長き日(け)をかくのみ待たばありかつましじ 一日なら人も待つことができるが、長い日々をこんなに待っていたら生きていることができないでしょう。 相聞=親しい人の間でやりとりする歌、恋の歌が多い かつ=できる ましじ=~ないだろう

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万葉集全釈(483)

四八三 朝鳥(あさどり)の音(ね)のみし泣かむ我妹子(わぎもこ)に今また更(さら)に逢ふよしをなみ 声に出して泣こう。私の妻に今更にまた逢う方法がないのだから。 朝鳥の=音の枕詞 よし=方法 右の三首は、七月二〇日に高橋朝臣が作った歌である。苗字はよく分からない。奉膳(かしはでのかみ)に命ぜられた男である。 奉膳=宮中の料理人

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万葉集全釈(482)

反歌 四八二 うつせみの世の事なれば外(よそ)に見し山をや今はよすかと思はむ 無常なこの世の事なので、これまで関係ないと思っていた相良山を今は妻を思う縁と考えよう。 うつせみの=世の枕詞

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万葉集全釈(481)

死んだ妻を悲しんで高橋朝臣(たかはしのあそみ)が作った歌一首と短歌を添えた 四八一 白たへの 袖さし交(か)へて なびき寝し わが黒髪の ま白髪(しらか)に なりなむ極(きは)み 新(あら)た世に ともにあらむと 玉の緒の絶えじい妹(いも)と 結びてし ことは果たさず 思へりし 心は遂げず 白たへの 手本(てもと)を別れ にきびにし 家ゆも出でて みどり子の 泣くをも置きて 朝霧の おほになりつつ 山背(やましろ)の 相良山(さがらやま)の 山のまに 行(ゆ)き過ぎぬれば 言はむすべ せむすべ知らに 我妹子(わぎもこ)と さ寝しつま屋(や)に 朝(あした)には 出で立ち偲(しの)ひ 夕べには 入り居(ゐ)嘆(なげ)かひ わき挟(ばさ)む 子の泣くごとに 男(をとこ)じもの 負ひみ抱(むだ)きみ 朝鳥の 音(ね)のみ泣きつつ 恋ふれども 験(しるし)をなみと 言問(ことと)はぬ ものにはあれど 我妹子(わぎもこ)が 入りにし山を よすかとぞ思ふ 袖を交わし心通わせて一緒に寝、私の黒髪が真っ白になる際まで、新しい世を一緒にすごそうと、生きていた妻と約束したことを果たさず、思っていたことも遂げず、私のそばを離れ、慣れ親しんだ家からも出て、赤子が泣いているのも置いて、朝霧のようにぼんやりとなりながら山城の相良山の山の間に行ってしまったので、どう言えば良いか、どうすれば良いか分からないで、妻と寝ていた家を朝は出て偲び、夜には入って座って嘆き、脇にいる子が泣く毎に男だが背負ったり抱いたりして、声に出し…

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万葉集全釈(480)

四八〇 大伴の名に負ふ靫(ゆき)帯びて万代(よろづよ)に頼みし心いづくか寄せむ 大伴家の名を背負った矢入れを身につけた皇子を、後の世までもと頼りにしていた心を、これからはどこに寄せればいいのだろうか。 靫=矢を入れて担ぐ武具  右の三首は、三月二十四日に作った歌である。

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万葉集全釈(479)

反歌 四七九 愛(は)しきかも皇子(みこ)の命(みこと)のあり通(かよ)ひ見しし活道(いくぢ)の道は荒れにけり いとおしいことだなあ。安積皇子がいつも通って見ていた活道山の道は荒れ果ててしまった。 愛し=いとおしい かも=詠嘆 にけり=~してしまった

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万葉集全釈(478)

右の三首は、二月三日にに作った歌である。 四七八 かけまくも あやに恐(かしこ)し わが大君 皇子(みこ)の命(みこと) もののふの 八十伴(やそとも)の男(を)を 召し集(つど)へ あどもひたまひ 朝狩(あさが)りに 鹿猪(しし)踏み起こし 夕狩(ゆふが)りに 鶏雉(とり)踏み立て 大御馬(おほみま)の 口抑(くちおさ)へとめ 御心(みこころ)を 見(め)し明(あき)らめし 活道山(いくぢやま) 木立の茂(しげ)に 咲く花も 移ろひにけり 世の中は かくのみならし ますらをの 心振り起こし 剣太刀(つるぎたち) 腰に取り佩(は)き 梓弓(あづさゆみ) 靫(ゆき)取り負ひて 天地(あめつち)と いや遠長(とほなが)に 万代(よろづよ)に かくしもがもと 頼(たの)めりし 皇子(みこ)の御門(みかど)の 五月蝿(さばへ)なす 騒(さわ)く舎人(とねり)は 白たへに 衣(ころも)取り着て 常なりし 笑(え)まひ振舞ひ いや日異(ひけ)に 変(か)はらふ見れば 悲しきろかも 心に掛けて思うのも大変恐れ多いことだが、我が大君の安積皇子が、大勢の男たちを召し集められ朝の狩りに鹿や猪を踏み起こし、夕べの狩りに鳥たちを踏み立たせ、愛馬の口を抑え、辺りを眺めてお心を明るくされた活道山の木立の茂みに咲く花も散ってしまった。世の中はこんなに無常なものらしい。勇ましい心を振り起こし、太刀を腰に差し、弓と矢入れを背負い、天地を永遠に治めて行かれると頼みにしていた皇子の宮殿に、にぎやかに騒ぐ家臣たちは、白い喪服を着…

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万葉集全釈(477)

四七七 あしひきの山さへ光り咲く花の散りゆくごときわが大君(おほきみ)かも 山までが光り輝くように咲いた花が、散っていくように亡くなってしまったわが皇子だったなあ。 あしひきの=山に係る枕詞 かも=詠嘆~だなあ

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万葉集全釈(476)

反歌 四七六 わが大君(おほきみ)天(あめ)知らさむと思はねばおほそにそ見ける和束杣山(わづかそまやま) わが皇子が天を治められるとは思っていなかったので、いい加減な気持ちで和束杣山を見ていたなあ。 おほそに=いい加減に 中途半端に 杣山=木を切り出す山

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万葉集全釈(475)

天平十六年の春二月安積皇子(あさかのみこ)が亡くなられた時に、内舎人大伴宿祢家持(うちとねりおほとものやかもち)が作った歌六首 四七五 かけまくも あやに恐(かしこ)し 言はまくも ゆゆしきかも わが大君(おほきみ) 皇子(みこ)の命(みこと) 万代(よろづよ)に めしたまはまし 大日本(おほやまと) 久迩(くに)の都は うちなびく 春さりぬれば 山辺には 花咲きををり 川瀬には 鮎子さ走り いや日異(ひけ)に 栄(さか)ゆる時に およづれの たはこととかも 白たへに 舎人(とねり)よそひて 和束山(わづかやま) 御輿(みこし)立たして ひさかたの 天(あめ)知らしぬれ こいまろび ひづち泣けども せむすべもなし 口に言うのも恐れ多いことだが、我が君の安積皇子が長く治められるはずだった大日本の久迩の都は、春になると山辺には花が咲き、川瀬には鮎が泳ぎ、日増しに栄える時、人をたぶらかすふざけた言葉とでもいうのだろうか、舎人たちが喪服の白装束になって和束山へ御輿を出発させて、天を治めに行かれたので、地面に倒れ伏し、涙でぐしょぐしょに泣いたけれど、どうしようもない。 かけまくも=口に出した言うのも あやに=言いようもなく かしこし=恐れ多い 言はまくも=口に出して言うのも ゆゆし=恐れ多い 万代に=永久に めしたまはす=お治めになる うちなびく=横になびく いやひけに=日増しに およづれ=人をたぶらかす言葉 たはこと=ふざけた言葉 ひさかたの=天に関係する言葉の枕詞 こいまろび=伏し転び …

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万葉集全釈(474)

四七四 昔こそ外(よそ)にも見しか我妹子(わぎもこ)が奥(おく)つ城(き)と今愛(は)しき佐保山 昔は関係ないものと見ていたが、我が妻のお墓となった今は佐保山が愛おしい。

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万葉集全釈(473)

四七三 佐保山(さほやま)にたなびく霞(かすみ)見るごとに妹(いも)を思ひ出(い)で泣かぬ日はなし 佐保山にたなびく霞を見る度に、亡くなった妻を思い出して泣かない日はない。

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万葉集全釈(472)

四七二 世の中し常かくのみとかつ知れど痛き心は偲びかねつも 世の中はとは普通こんなものだと一方では知っているけれど、心の痛みは堪えることが出来ないなあ。 し=強め 常=いつも、普通は かく=こんな のみ=だけ かつ=一方では 

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万葉集全釈(471)

四七一 家離(さか)りいます我妹(わぎも)を留(とど)めかね山隠しつれ心どもなし 家を離れていく妻を止めることが出来ず山が隠してしまったので気力もなくなった。 います=敬語 いらっしゃる(死者を尊敬している) 心どもなし=心の多くがなくなった

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万葉集全釈(470)

悲しみの気持ちがまだやまず、更に作った歌五首 四七〇 かくのみにありけるものを妹(いも)も我も千歳(ちとせ)のごとく頼みたりけり こんなにはかないものだったのに、妻も自分も千年も生きられるように頼りにしていたなあ。

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万葉集全釈(469)

四六九 妹(いも)が見しやどに花咲き時は経ぬ我が泣く涙いまだ干なくに 妻が見た我が家の庭に花が咲いてから日が経った。私の泣く涙はまだ乾かないのに。    し=過去 ぬ=完了

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万葉集全釈(468)

四六八 出でて行く道知らませばあらかじめ妹(いも)を留めむ関も置かましを もしあの世へ出て行く道を知っていたならば、あらかじめ妻を留めておく関所を置いておきたかったのに。 まし=(反実仮想)もし~だったら~だったのに

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万葉集全釈(467)

反歌 四六七 時はしも何時もあらむを心痛くい行く我妹(わぎも)かみどり子を置きて  死ぬという時は何時でもあるだろうに、私の心を悲しませて逝く我が妻か、幼い子を残して。 しも=強調 い=接頭語

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万葉集全釈(466)

また家持が作った歌一首 短歌を併せた 四六六 わがやどに 花そ咲きたる そを見れど 心もゆかず はしきやし 妹(いも)がありせば 水鴨(みかも)なす 二人並び居 手折(たお)りても 見せましものを うつせみの 借(か)れる身なれば 露霜(つゆじも)の 消(け)ゆくがごとく あしひきの 山道(やまぢ)をさして 入日(いりひ)なす 隠(かく)りにしかば そこ思ふに 胸こそ痛き 言ひも得ず 名付けも知らず 跡もなき 世の中なれば せむすべもなき 我が家に花が咲いている。それを見ても心が満たされない。愛しい妻がいれば番の鴨のように二人で並んでいて花を折り採って見せもしようものを、仮の世にいる身なので、露霜が消えるように、山道を指して日が沈むように死んでしまったので、それを思うと胸が痛み、言いようもなく、名付けようもなく、跡も残らない世の中なので、どうしようもない。 はしきやし=愛しい うつせみの借れる身なれば=この世は仮の世なので体も借り物だと考える

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万葉集全釈(465)

月が代わって後、秋風を悲しんで家持が作った歌一首 四六五 うつせみの世は常なしと知るものを秋風寒み偲びつるかも この世は無常だと知っているのだが、秋風が寒いので亡き妻を偲んだことだ。 うつせみの=世にかかる枕詞 寒み=寒いので つる=完了 かも=詠嘆 妻は六月に亡くなって、七月になった。旧暦では七月は秋。

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