首藤隆司歌集より「夢を生徒と」

第74回(2000年10月12日) 首藤隆司歌集より 親つらし教師もつらし子もつらし教育環境悪しき世なれば 教師とは夢を生徒と探りゆく幸せにしてつらき仕事ぞ  こんにちは首藤隆司です。  教育の難しい時代になりました。どうしてこんな風になってしまったのでしょう。私が教師になったのは1959年(昭和34年)でした。そのころはまだ国民の生活は貧しく、私の初任給は9,800円で、賄い付きの下宿代が1ヶ月5,000円でした。1960年、安保闘争が終わり、池田内閣が生まれ、「所得倍増計画」が発表されました。そして、金儲けのためなら何をしてもよい高度経済成長の時代に突入していきました。そして、職場では長時間、過密労働、学校では子供たちの非行事件、授業が荒れる現象が起き始めました。  経済優先、長時間過密労働の社会では、どうしても子育て、教育に手をかけていられなくなります。お金重視の考え方は、精神の世界を枯れさせていきます。子供のあらゆる可能性を引き出そうとする全人教育が忘れられ、学校はお金が稼げるよい職業に就くための予備校になってしまいます。子供たちは、受験学力だけで評価、選別され、受験学力のない子供たちは将来性のない人間として見捨てられます。  また、本来人々から尊敬される立場にあるべき政治家が、金と地位のために平気で不道徳な行動をとっていることが、子供たちの目にさらされています。  こんな環境の中では、子供たちが荒れるのは当然です。子供たちは奇妙な行動で、大人たちに社会の異常さを訴…

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首藤隆司歌集より「先生のコーヒー」

第73回(2000年10月10日) 首藤隆司歌集より 先生のコーヒーうましと言いながら卒業生の訪い来るうれし 成人の誕生日来る教え子に祝いの葉書書きやる楽し  こんにちは首藤隆司です。  三条高校定時制の教務室が賑やかなのは、卒業生がよく訪ねてくるということもありました。私は卒業式の日、生徒たちに学校というのは地域の文化センターだから、卒業後も暇を見つけて学校へ来て、いろいろの情報や知識を手に入れた方がいいよ、君たちが訪ねてきたらレギュラーコーヒーをごちそうするよと言ってやることにしていました。私は教務室に自分のコーヒーメーカーを持ち込んでいました。そしてよく卒業生が放課後遊びに来ました。  私は生徒たちが入学すると、自分のクラスの生徒の誕生日を手帳に記入しておいて、その生徒の誕生日のホームルームの時間にそれをみんなに報告し、小さな贈り物をしました。生徒たちが卒業してから、成人を迎える誕生日には、お祝いの絵はがきを出しました。生徒たちは結婚式に私を招待してくれたり、仲人を頼んできたりしました。そんなことで、生徒たちと私は長く深いつきあいをしています。現代の教師と生徒の関係から見ると、ずいぶん幸せなつき合いをさせてもらっています。  その条件の一つには、私が29年間も転勤をしなかったということもあるでしょう。今は、教師の転勤が激しくて、4,5年でどんどん転勤していきます。そのため、卒業生が学校を訪ねようと思っても、自分を知っている先生がもういないということになります。転勤が激し…

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首藤隆司歌集より 「閉校」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より 第781回(2011年9月20日) 首藤隆司歌集より 閉校は寂しけれども久しぶり教え子たちに会えるは嬉し  こんにちは首藤隆司です。  今年3月31日で、新潟県立三条高校定時制課程は閉課程になりました。1951年(昭和26年)、戦後まもなくで生活も苦しい中、どうしても高校教育を受けたい、受けさせたいという地域の熱い要望で設置された学校でしたが、59年間に世の中が変わり、入学希望者が減って、とうとう閉鎖されることになってしまいました。入学希望者が全く居なくなったというのではなく、全日制には行けないが定時制なら通えるという人もいるので、本当はなくして欲しくない学校ですが、経済優先の時代では、僅かの人のために莫大な税金は使えないということでしょうか。  私は、高校時代の進路選択で、定時制の教師はやりがいのある職業ではないかと考えて東京教育大学に進学し、全くの偶然で三条高校定時制に赴任し、29年間勤務させていただきました。三条高校定時制59年の歴史の半分を体験したという不思議な縁(えにし)をいただきました。  三条高校同窓会では、昨年の初めから定時制閉課程の記念式典の計画や、閉課程の記念誌を作る仕事を始めました。私は長年お世話になった学校にお礼がしたくて、記念誌の編集のお手伝いをさせてもらいました。そのおかげで、長年消息の絶えていた教え子たちと手紙のやりとりをしたり、記念座談会で顔を合わせたり、ずいぶん楽しく懐かしいことに出会いました。…

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首藤隆司歌集より「クラス担任」

第66回(2000年9月14日) 首藤隆司歌集より クラス担任はずれし年はさみしくてすねたるごとくひっそりといる 学級を持たぬこの秋さびしくて鉢植えの花机上に咲かす  こんにちは首藤隆司です。  学級担任になると、たいへんなストレスを背負うことになります。様々な問題を抱えた生徒たちと運命を共有するわけですから、心の安まるときがありません。何か事件でも起これば、眠れない日が続きます。私の経験では、学級担任になると、健康診断で血圧とコレステロールの値が跳ね上がり、担任を外れるとそれが下がりました。私の勤めていた定時制では、持ち上がりが原則でしたから、新入生の学級担任になると、4年間は逃れようがありません。  それでは学級担任になるのはイヤかというと、そうではないのです。確かに、なるときは気が重いのです。そして緊張の毎日です。しかし、生徒たちとお互いに気心が知れてくると、緊張が解け、互いに顔を見ると冗談を言い合ったりして、教室が家族的な雰囲気になっていきます。定時制の生徒たちは、全日制の生徒たちに比べると、人なつっこく庶民的です。うち解けてくると、腹の底まで見せるような付き合いになります。4年間ですっかり仲良くなって、卒業していってしまうととてもさびしい気持になってしまいます。そして担任でない年には、ほっとしている一方で、担任の教師が生徒たちと楽しそうにやり合っているのを見ると、さびしい思いをします。子どもが家にいるときにはうるさいと思っているが、自立して出ていってしまうとさびしくな…

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首藤隆司歌集より「掃除」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第65回(2000年9月12日) 首藤隆司歌集より 楽しきは放課後生徒と冗談を言いつつ教室掃除するとき 清掃をサボる生徒を待ち伏せて捕らえしときの表情楽し  こんにちは首藤隆司です。  教育とかしつけとか言うと、我々はついお説教やお小言を言うことだと思っていないでしょうか。言っても言っても直らないと、あんなに言っているのにまだ分らんかと怒鳴りつけたりします。私は生徒たちとの長い付き合いから、子どもを変えるのは、言葉ではなく環境だと知りました。いまの子どもたちは、歩きながらゴミをボロボロ落とします。入学したばかりの生徒は、すぐ教室の床をゴミだらけにします。ゴミ箱の中にはあまりゴミが入っていません。これは子どもだけの現象かと思ったら、そうではありませんでした。行楽地で、どこかのご家族が親子そろって、食べ物を手にして、包み紙をボロボロ落としながら歩いているのを、何組も見ました。  私は、生徒が登校してくる前に教室へ行き、ゴミが落ちていないか、机椅子が整理整頓されているかを点検します。教卓の上には花の鉢を飾り、壁には絵を掛けておきます。授業中も床にゴミを見つけると、「ゴミはゴミ箱へ」と言いながら、拾ってゴミ箱に棄てます。そんなことをしている内に、いつの間にか生徒たちは床にゴミを捨てなくなっていきます。  放課後は生徒といっしょに教室の掃除をします。いまは、家庭では掃除と言えば電気掃除機と、乾いたモッブでしょう。ところが学校は、いま…

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首藤隆司歌集より「話を聞く」

燕三条FMラヂオはーと番組 第64回(2000年9月7日) 首藤隆司歌集より 家出事件繰り返す生徒は叱らずに心の奥を語らせてみる 聞きやれば胸のつかえの下りるらし生徒のわがまままず語らせる  こんにちは首藤隆司です。  生徒たちは、大人の想像を超えた奇妙な行動をとることがあります。どうしてこんな馬鹿げたことをと、情けなくなることがあります。そういうとき、生徒とよく話し合うと、謎が解けてきます。  生徒たちはさびしいのです。自分の存在を誰かに認めてほしいのです。自分のことを思っていてくれる人がいるかどうか確認したくて、奇妙な行動をとってしまいます。考えてみると、彼らは育ってくる10数年間、まわりの人から認められる体験があまりありませんでした。今は学力で人間が評価されることが多く、その点では彼らはいつもその他大勢でした。スポーツの能力でもパッとしません。  親は子供に眼をかける余裕がありません。朝早く、両親は迎えのマイクロバスに乗って職場へ行くので、朝食の準備だけしておいて、まだ寝ている子どもに声を掛けて出ていきます。子どもたちは、学校から帰っても、誰もいない家にはいないで、どこかへ遊びに行き、夜遅くなって帰ってきます。遅い夕食を食べると、親たちは早く寝ます。それから夜遊びに出て、深夜まで遊ぶ青少年のグループもあるのです。日本の長時間、低賃金の労働事情が、子育てを放棄させていると言ってよいと思います。  生徒たちに心を許して、言いたいことを言わせて聞いてやると、ずいぶんしゃべ…

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首藤隆司歌集より「青春大いに迷え」

燕三条FMラヂオはーと番組 第63回(2000年9月5日) 首藤隆司歌集より 生徒らの志望くるくる変われるは叱らず青春大いに迷え どうしても寿司屋になるという生徒寿司屋に就けしが三日続かず  こんにちは首藤隆司です。  昔は、就職を決めてから定時制に入学する生徒が当たり前でした。ところが、だんだん無職の生徒が増えてきました。それは無理もないことでした。中学卒業生のほとんどが高校に進学するようになって、中学3年生の3学期になるまで、生徒たちは自分もどこかの全日制高校へ入れるものと思っています。生徒と親と学級担任による3者懇談ではじめて、この成績では全日制は無理だと言われたり、全日制の高校で不合格になって仕方なく定時制に来たという生徒が多いのです。だから、就職とか働くということはまったく考えてこなかったわけです。  定時制では、昼間ぶらぶらしていると生活リズムが崩れるので、就職を斡旋します。生徒に希望を聞くと、「別に‥‥」と言う生徒と、虫が良すぎると思うようなことをいう生徒がいます。就職させても、すぐやめる生徒が多いのです。無断欠勤で、職場から学校に連絡が来て、本人に確かめると、あんなところは嫌だというのです。どうしても寿司屋になりたいという生徒を、無理に店主に頼んで入れてもらったのに、無断でやめて、理由を聞いたら「醤油臭くてイヤだ」と言ったこともありました。とにかく社会経験のない生徒だから、いろいろ経験させることが大切だと割り切っていました。今は、この不景気のために、アルバイト…

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首藤隆司歌集より「学校を止めさせぬ」

燕三条FMラヂオはーと番組 第62回(2000年8月31日) 首藤隆司歌集より 学校をやめよと言えば喜びてやめゆく生徒ぞやめさせずと言う 学校をやめる自由を認めよと生徒は我の説得を拒む  こんにちは首藤隆司です。  定時制高校を卒業するのは、たいへんなことです。昼間働いて、人々が娯楽や休息にあてる時間に、学校へ来て勉強するのです。夜の町には、若者に魅力的な遊びがたくさんあって、誘惑されます。学校へ来ると、難しい勉強やテストがあり、教師という分からず屋がいて、うるさいこと、堅いことばかり言います。授業時数の3分の1以上欠席すると、落第です。こんな環境を4年以上耐え抜いた者だけが卒業証書を手にするのです。  小中の先生方から、皮肉っぽく「高校は生徒を退学させられるからいいですね」と言われたことがあります。町の人々から、「どうして高校の先生は、すぐ退学で生徒や親をおどすのでしょう。」と言われたこともあります。これを言われると、私の心は痛みます。確かにそういう傾向があります。 定時制の生徒の場合は、ちょっと様子が違います。生徒が自分で来たくて来ている学校ではない場合が多いからです。親に「高校だけは卒業しておけ」と頼まれて仕方なく来ている生徒もいます。そういう生徒に「退学だ」と言うと、親に向かって「だからオレ、いやだと言ったろ」と言ってやめていく場合もあります。何度も非行事件を起こして、その指導を受けるのが面倒くさくなって、「先生、もういいよ。学校やめるよ」と言い出す生徒もいます。私は…

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首藤隆司歌集より「生きゆくことのかなしさ」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第61回(2000年8月29日) 首藤隆司歌集より 人一人生きゆくことのかなしさを共に泣きたし非行少女よ 非行生かかえる日々は胸内に血潮したたる傷もつごとし  こんにちは首藤隆司です。  教師とは、人間相手の職業です。そして、その人間というものが一筋縄ではいかない奥の深いものです。人間は、他人と関わりを持たず一人で生きていくなら、ずいぶん気が楽です。教師になるまでの私は、人生を単純に見ていました。生徒と付き合うようになって、人生は小説やドラマに描かれたような単純なものではないということを、いやと言うほど思い知らされました。  教師は生徒たちと運命を共有することになります。教師は、自分が幸せになりたかったら、生徒を幸せにしなければなりません。そのためには、生徒を変えなければなりません。ところが、人間を変えるには、たいへんな時間と労力と工夫が必要です。品物なら、気に入らないところを削ったり付け足したりして形を変えることが出来ます。しかし人間を変えるには、本人の気持ち、考え方を変えなければなりません。生徒が納得をして、考えを変えるまで、忍耐と工夫の毎日です。  生徒が非行事件を起こすと、その生徒が立ち直るまで、胸の中に血のしたたる傷がヒリヒリと痛むような日々を過ごすことになります。しかし、その苦しみを乗り越えて、生徒や親たちと心が通いあったとき、物づくりとは違った深い喜びが生まれます。それを教師冥利と言うのでしょう。それを味わう…

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首藤隆司歌集より「愛は悲しき」

燕三条FMラヂオはーと番組 第60回(2000年8月24日) 首藤隆司歌集より 幸せになれなくても彼について行くと女生徒言えり愛はかなしき 妊娠の噂ある生徒を問いつめずさりげなく渡す愛と性の本  思春期の生徒たちにとって、愛と性の問題は切実です。夏休み明けに顔付きの変わっている女生徒は要注意です。生徒たちと他愛もないおしゃべりをしていると、時々気になる情報に私のアンテナが反応します。もちろん何の証拠もない話ですから、正面切って問いただすことは出来ません。生徒の方から話したくなるようにこちらの心を開いておくだけです。  ある年の夏休み明け、一人の女生徒が退学したいと相談に来ました。勉強するのが嫌になったと言うのです。しかしいろいろと話しているうちに、本当のことを話してくれました。夏休みに、東京から遊びに来た大学生が好きになり、いっしょに東京へ行きたいと言ったら、来たければ来てもいいよと言われたというのです。一番危険な話です。行っても捨てられるだけ、幸せにはなれないからやめておけと説得しても、恋は盲目です。親からも、もう好きにしろと言われたというのです。どうしても行くという彼女に、私は名刺を渡し、何かあったら電話をよこせと言うことしか出来ませんでした。2、3カ月後、三条市内の横断歩道で彼女にばったり会いました。私の言った通り彼に捨てられて帰って来たというのです。学校にもどる気はないかと聞いたのですが、よその市でバーに勤めているからと言って、寂しい笑顔を見せて別れて行きました。愛は悲…

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首藤隆司歌集より「家出事件」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第59回(2000年8月22日) 首藤隆司歌集より 家出資金我より詐取せし女生徒が土産を持ちて返済に来る 腹立ちと安堵の電話駆け落ちの生徒は帰途の金なしと告ぐ  今から20年ほど前、中学生や高校生に家出や駆け落ちが流行りました。わたしも何度か、親御さんたちといっしょに、夜の町へ生徒を探しに行きました。いつでもすぐに飛び出せるように、夜は電話を枕元におき、妻と二人、ジャージを着たままで寝ていました。生徒たちからさまざまな情報が入るのですが、飛んで行って見るともういないという、神経をすり減らす毎日でした。  ある女生徒が、彼氏が車にはねられて救急車で運ばれたので、金を貸してほしいと学校に駆け込んで来ました。わたしは財布にあった5000円札を渡しました。後でその病院に電話をしたところ、そんな人は入院していないとのこと。それから親に連絡して大騒ぎになりました。クラスの男子生徒といっしょに駆け落ちしたのです。この時は何の情報もなく、当てもなく夜の町を捜し回りました。2、3日後の夜中、電話がありました。県内のJRの駅からでした。県外のある都市まで行き、就職しようとしたが出来ず、お金がなくなってここまでしか帰って来られなかったというのです。そこから動くなと言っておいて、親に連絡し、車で迎えに行きました。私からだまし取った5000円は、働いて返せと言っておきました。彼女は翌月の給料日に、ハンカチのプレゼントといっしょに返してくれました。 …

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短歌随想「笑顔で」

第52回(2000年7月27日) 首藤隆司歌集より 教室に笑顔で入りたしドアの前顔確かむる一瞬を持つ  こんにちは首藤隆司です。  私が三条高校の定時制に来た1960年頃は、勉強がしたいから定時制に来たという生徒が、まだいましたが、70年代以降、全日制高校への進学が当たり前という時代になると、勉強は大嫌いで学力も低いが、高校卒業の資格だけは取って置いた方がいいから、仕方なく定時制に来たという生徒が増えてきました。中には、自分は来る気がなかったが、親に頼まれて仕方なく来たと、はっきり言う生徒もいました。  そういう状況では、授業を成立させるのが大変でした。授業中の私語といっても、小声でささやく私語ではなくて、離れた席の生徒と大声で会話をしたり、マンガ本を読んでいたり、イヤホンで音楽を聴いていたり、立ち歩きをする生徒がいます。たまりかねて怒鳴りつけたりすると、怒鳴り返されたり、足音荒く教室から出ていく生徒もいます。したがって、生徒に興味を持たせ、楽しませる授業を工夫しなければなりませんでした。そして、怒ったり、怖がらせるのではなく、楽しくリラックスさせることを考えなければなりませんでした。  私は、まず生徒に笑顔で接することを心がけました。授業がうまく行っていないときは、教室に行くのがとてもつらいのです。それでも暗い顔をして教室に入ったら、ますますつらい授業になります。私は教室に入る前、ドアの前で自分の顔を確かめる癖がつきました。幸い生徒たちは、私の笑顔を褒めてくれるようになりまし…

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首藤隆司歌集より「生徒の顔」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第760回(2011年4月12日) 首藤隆司歌集より まだ顔も覚えぬ生徒の挨拶を街中に受く新入生ならむ 生徒らに顔と名前を覚えむと約束せしに我が記憶力  こんにちは首藤隆司です。  豪雪の冬が終わり、ようやくお花見の時期になりましたが、お花見気分にはなれませんね。私たちは、昭和20年前後、戦争によって大変苦しい生活を送りました。その後10年間、大変な苦労をして復興を遂げ、もう2度とあんな苦労はしないだろうと思っていたら、またまた復興の苦労をしなければならなくなりました。考えてみれば、私たちは近年、地震や水害で苦労した分、知恵も活力も蓄積しています。お互いに助け合って、日本の復興を一日も早くやり遂げたいものです。  さて、学校では新学期が始まりました。私は学校現場を離れて15年になりますが、今の時期になると学校のことを色々と思い出します。1988年(昭和63年)、私はそれまで29年間勤めていた夜間定時制高校から、全日制の工業高校に転勤しました。生徒数100人ほどの家庭的な雰囲気の定時制から、700人も生徒のいる学校へ転勤したので、色々と目新しい体験をしました。不思議だったのは、始業式で転勤してきた教師として生徒に紹介された日に、町を歩いていると真新しい学生服を着た3人ほどのグループに「さよなら」と挨拶されたことです。10人ほど転勤してきた先生方を代表して私が挨拶をしたのを、この生徒たちは覚えていたのでしょうか。新入生の初々しい態…

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短歌随想「あいさつ」

第51回(2000年7月25日) 首藤隆司歌集より こだまのごと「今晩は」の声響き合い今日も生徒らは元気なるらし  こんにちは首藤隆司です。  「近ごろの若者は挨拶をしない。声が小さくて、何を言っているのかよく聞こえない」という、大人の嘆きをよく聞きます。定時制の生徒たちは、挨拶がうるさいほどです。しかし、そうなったのには秘密があります。  こちらが挨拶をしないで、生徒の方から挨拶をするのを待っていたり、挨拶をしなさいと命令しても駄目です。私の方から、生徒を見つけるとすぐ、笑顔と大きな声で「今晩は」と挨拶します。すると生徒は、初めのうちはびっくりして、口の中でもごもごというような挨拶をしますが、そのうち、ニコニコして大きな声で「今晩は」と挨拶を返すようになり、やがて、生徒の方から「今晩は」を言うようになります。生徒同士も、登校すると廊下で、教室で「今晩は」、下校するときは「さようなら」「お休みなさい」を大声で言うようになります。人間関係が出来てしまえば、自然と挨拶をするようになるのです。  私たち年輩者は、気をつけなければなりません。「近ごろの若者は」と、ついつい愚痴をこぼします。「近ごろの若者は」という言葉は、3000年も昔のギリシャ神殿にも刻まれているという話を聞きました。愚痴や悪口を言っていないで、どうすれば若者の欠点を直すことが出来るか、工夫をし実行をするべきでしょう。それをしないのなら、愚痴や悪口を言うべきではないでしょう。 こだまのごと「今晩は」の声響き合…

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短歌随想「旋盤の腕」

第50回(2000年7月20日) 首藤隆司歌集より アルファベット書けぬ生徒が旋盤の腕誇るときはじめて笑う  こんにちは首藤隆司です。 A君は、勉強が苦手でした。授業中は窓際の机に座って、暗い顔をしています。英語と数学が特に苦手でした。落ち着いてよく考えれば理解が出来るはずですが、始めから分からないのだと思いこんでいて、全く取り組もうとしません。全く蛇に見込まれた蛙同然で、手も足も出ないし、出さないという状態です。英次生では、こういう生徒が多いのです。  A君には、あまり友達もいないようで、私は、A君がニコニコと友達と話し合っている姿を、見たことがありませんでした。ある日、給食の時、私はA君の前に座って、給食を食べながら「仕事は何をしているの?」と話しかけました。A君は「旋盤」と答えました。「旋盤で何を作っているの?」と聞くと「専売公社のタバコ巻き機の部品です」と答え、「先生、10ミクロンって分かるかね?」と問い返してきました。「1センチの100分の1かね」と答えると、にやりと笑って「違うよ。1ミリの100分の1だよ」と得意そうに答えました。それからちょっと照れくさそうに「オレ、10ミクロンならマイクロメーターで測らなくても削れるよ」と言って、ニコニコと笑いました。私ははじめてA君の笑顔を見たように思いました。職場訪問の時、上司に伺ったところ「旋盤に関しては天才です」というお話でした。  A君は、卒業の時、大手電機メーカーの旋盤工の選考試験を受けて、みごと合格し、就職しました。…

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夜の教室から(83)最終回

   残酷な日  今年もまた残酷な日がやってくる。女子がそわそわし、男子は期待しているような、諦めているような様子で落ち着かないセントバレンタインデーだ。チョコレートを貰えない生徒の複雑な気持ちを考えてほしい。私のクラスでは、チョコレートを貰った生徒は一人もいないことになっている。というのは、数年前から私は、二月十三日のショートホームの時間に、「今日チョコレートを貰わなかった人は手を挙げて」と言い、「よし、その人には先生がチョコレートをやるぞ」と言って、一粒ずつ配る。生徒は全員手を挙げて、「ありがとう」「どうも」「恵まれない子にチョコレートを」などと言いながら受け取る。女子にもやるので、女子は恐縮している。これで私のクラスはわかかまりが消える。しかしこんな残酷な風習はやめてほしいものだ。

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夜の教室から(82)

   一瞬静かな授業が  出席をとり終わると、教科書、ノート、ペンを持っているかどうか点検をする。生徒を指名して教科書を朗読させる。漢字が読めないAが詰まるたびに読みを教えながら、回りに目を走らせて、おしゃべりをしている者、後向きになっている者に叱声を飛ばす。そばへ行って注意する。やっと静かになってAの声が教室中に聞こえるようになる。読み終わったところで、私は、「ほら、この静かさが授業なんだよ。久し振りで懐かしいだろう」と言う。生徒は、「ほんとだ」「すげぇ」と感嘆の声を上げる。すかさずBが、「おれ、Aの朗読に聞きほれていたいや」とまぜかえして、みんな爆笑。また教室は騒がしくなってしまった。  定時制三年生、二十八人のにぎやかなクラスの一こまである。

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夜の教室から(81)

   学級通信一〇〇号を祝う  入学式の日に創刊した週刊学級通信が、三年目で一〇〇号を迎えた。その一〇〇号の紙面を生徒と父母の言葉で埋めて、ピンクの紙に印刷して発行した。嬉しかったのは、一年生の時はツッパッテいた生徒が、「先生の努力を認めます。おつかれ様。これからも頑張ってください」と書いてくれたこと。それから、定時制の父母は字や文章を恥ずかしがってなかなか書いてくれないのに、六人の父母が原稿を寄せてくれ、「生徒の皆さん、もう三年が過ぎたのですね。一日一日成長し、三年間でこんなにとおどろき、又たのもしく見える時が有ります。後少し、二十八人のなかまでガンバレ!卒業式の日を楽しみに、私達父母もガンバリます」など、そのどれもが生徒を励ますものであったこと。この応援団が生徒の後ろにいてくれるのは、とても頼もしい。

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夜の教室から(80)

   誕生日に贈る新聞のTV欄  マンモス教育で育った生徒に、一人ひとりを大事にしていることを感じてもらおうと、生徒の誕生日に、クラスのみんなで拍手を送り、記念品を贈ることにしている。  一年生の時は、マイコンで生徒の生年月のカレンダーを打ち出して贈った。生徒は親にも見せて喜んだ。二年生の時は、学校図書館から新聞の縮刷版を借りて、生徒の生まれた日の新聞の一面をコピーして贈った。  これも興味深そうに見ていたが、ある生徒が「どうせなら、テレビ欄をコピーして」と言ったので、三年生になった今は、テレビ欄のある面をコピーして贈っている。  三つしかチャンネルのなかったテレビ番組欄を見て、今もリバイバルでやっている番組を見つけて喜んだり、タレントの若いころの写真を見ておもしろがったりしている。  さすが生まれた時からのテレビっ子である。

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夜の教室から(79)

   感情だけでものを考える子  「先生、おれの友達で、定時制に来たいのがいるんだけど、どうすればいい?」「中学を出てから、どうしていたんだね」「全日制へ入ったけど、一年の時退学したんだ」「ああ、それじゃ来年春、入学試験を受けなければいけないね」「えっ、来年おれと一緒に四年生になられねえんだ?」「おまえねぇ、中学を出て三年間遊んでいて、定時制の四年生を一年間だけ通えば高校を卒業出来るんなら、いま定時制に来ている生徒はみんな学校やめて、四年生の時だけ来るようにするだろう。おまえだって、これまでの三年間、何のために苦労してきたんだ?」「なあんだ。だめか」「来年、入学試験を受けるように言えよ」「いや、あいつそれなら来ないよ。もういいって」  友達と一緒に学校へ来たいという感情だけでものを考える現代っ子である。

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夜の教室から(78)

   テスト好きな子嫌いな子  定時制では最近、テストになると休む生徒がいる。勉強が嫌いでテスト勉強を逃げ回って、テストも逃げる。追及すると、「体の具合が悪かった」とか「用事があった」とかうそを言い、最後に、「受けたってどうせ赤点だもん」とほんとうの気持ちを打ち明ける。  あるいは親や兄弟に頼んで、病欠の届けをさせる。もちろん仮病である。全日制で登校拒否症だった編入生は、テストで緊張して登校できない場合もある。 半面、全く勉強してこないで、「先生、次は何のテストだ?」とケロリとした顔で、つぎつぎと白紙に近い答案を出す生徒や、「先生、もうこれでテスト終わりだね」「何だ、まだテスト受けたいんかね」「当たり前だよ。テストだと毎日早く帰れるもん」というたくましい(?)生徒もいる。いずれも現代社会が育てた青年像である。

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夜の教室から(77)

   文学のすばらしさを朗読で  小説教材を教えるときは、最初に朗読してやって、すぐ感想を書かせ、授業が終わってからまた感想を書かせるようにしている。初めの感想にいいものが多い。  授業後の感想は、理屈が多くなって、私の授業の悪さが分かり、反省させられる。今は、生徒を小説の世界に遊ばせることに力を注ぎ、そのため、最初の朗読に力を入れている。  先日、定時制の一年生に、葉山嘉樹の「セメント樽の中の手紙」を読んでやったら、女子の一人が、「先生、涙が出そうだっけ、もう一遍読んで」とせがまれた。今の子供は本を読まないというが、読んでやれば、文学のすばらしさを理解する力は持っている。  初めの感想には、彼らの素朴な感動が表れている。それにしても、授業で小説を教えるのは難しい。 私は、合唱曲と、モーツアルトのオペラ「ドン・ジョバンニ」の二重唱「お手をどうぞ」を歌います。

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夜の教室から(76)

   親子に預けた宿題に期待感  夏休みの家庭訪問をしている。定時制の場合、両親が共働きで、本人も働いているので、夜の七時以後に訪問する。休みに入る前、生徒に「夕食を一緒に食べるだけでも親孝行になるんだから!」と言っておいたが、幸い生徒はみんな家にいた。  一、二年生の時は定時制の劣等感をなくすために生徒の長所をほめる話をしてきたが、いよいよ自立の時期三年生なので、一つ二つの欠点の克服を夏休みの宿題として親と生徒に預けてきた。生徒は苦笑していたが、親は喜んでくれた。この宿題が、二学期からのクラスの雰囲気にどう影響するか期待もあるが、卒業まであと1年半「自立」は息の長い課題である。親と協力して指導していける態勢が出来たことを喜びたい。 私は、コーラスとオペラ「ドン・ジョバンニ」の二重唱「お手をどうぞ」を歌います。田舎娘を誘惑する歌です。

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夜の教室から(75)

   学校の楽しさ定時制で養う  授業中騒がしい定時制のクラスでアンケートを取ってみた。  クラスの長所として、ほとんどが「楽しい」「おもしろい」「個性的な友達がいる」を挙げ、短所としては、「騒がしい」「授業中うるさい」を挙げている。教師としては、すぐ「騒がしい」「うるさい」に注目して眉をひそめるが、よく考えてみると、高校が”灰スクール”と呼ばれ、登校拒否や退学生が増えて問題になっているとき、学校が「楽しい」「おもしろい」という声は、貴重だと思う。授業中うるさいのも確かに困るが「学校がおもしろくない」とか「学校をやめたい」と言われるのに比べたらありがたいと思わなければならないだろう。  定時制で、楽しい学校を作り得ているということは、現代の教育に対する重大な警鐘だと言ったら、言い過ぎだろうか。

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夜の教室から(74)

   欠席防止に効果あり電話戦術  わが定時制では、給食が終わるとクラス担任が、欠席生徒の家庭へ一斉に電話を入れ始める。生徒は「先生、もう休まないから電話しないでくれ」と言うが、電話をしないと夜遊びの誘惑に負けて、親を欺いて学校を休むので、この電話をやめるわけにはいかない。電話しないと欠席が増え、結果として退学者が増える。  これまで二つの高校を中退して、編入学してきた生徒の母親から「先生の電話のおかげで、やっと三年生になれました。今年もまた電話をお願いします。今度こそ卒業してもらわないと、ほんどに困ってしまいます」と、すごく感謝された。やはり、面倒だがせっせと電話をしなければならないと思っている。生徒も、口では文句を言いながら、教師の真意は理解しているようだ。

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夜の教室から(73)

   長い物差しで測る教育を痛感  二十数年前の定時制の卒業生が、久し振りに訪ねてきた。在学中は、泣き虫のいじめられっ子で、困難な事からは逃げ回る問題児だった。ほれっぽい性格で、何度か片思いのグチ話を徹夜で聞いてやったこともあった。そんな彼が、今では建材リースの会社を興し、数十人の社員を擁している。借金なしの健全経営だという。  今になって、あのころの先生の大変さが分かってきたという。人を使っていると、いろいろな人間がいて、それを動かすには一人ひとりの個性をつかむ必要があるという。学生時代の彼から、今日の彼を予想することは出来なかった。 われわれは、生徒を一年とか三、四年の物差しで測る癖があるが、教育は二十年、三十年の長い物差しで測る必要があると思った。

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夜の教室から(72)

   「無職でいたい」にギョッ!?  定時制の生徒に目標を持たせようと「十年後の自分」という作文を書かせた。金持ちになって豊かな暮らしをする、大スターになって、いい車を乗り回すなどの夢はたあいないが、中に三人「無職でいたい」というのがあって、ギョッとした。「今の会社にはいないと思うが、本当のことをいえば、もう少し遊びたいので無職でいたい」と書いている。考えてみると、彼らは、高校入試に失敗して、突然定時制に進学し、職場を選ぶ余裕もなく就職して働いているので、人間いかに生きるべきか、とか、労働の意味など本気で考える場面はなかったのである。そして、見事に現在の社会の風潮を身につけているのである。  今必要なのは、目先の職業教育より、人間の生き方教育を学校、家庭、社会で行うこと、大人がいい見本を見せることである。

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夜の教室から(71)

   進級査定に割り切りは禁物  胃が痛む「魔の進級査定会」が終わった。毎年「定時制といえども高校だから、規定の点数に達しない者は落第させるべきだ」「定時制に通うだけでも大変なんだから、本人が来る気がある限り、やらせるべきだ」という論争を繰り返してきた。今年も、「生徒を甘やかすべきでない」「いや、温情で生徒を感動させるべきだ」などの討議を繰り返し、結局もう一度だけ生徒に進級のチャンスを与えることにした。今思えば、規定通り落第させるのも、論議抜きに進級させるのも間違いで、「高校とは」「定時制とは」という激しい論争を繰り返した上で、悩みながら何とか進級させる方法を考えてきたのが正しかったのだと思う。教育に割り切りは禁物。このわれわれの真情が、生徒と父母の心に響いてほしいと祈るような気持ちである。

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