私の好きな現代短歌(254)

大衆収奪予算というその性格をつきつめにつつ短しこの夜は  岩間正男  大衆を収奪する予算というその性格を追究していると夜は短く、もう夜が明けてきた。  一九四三(昭和二三)年。インフレで物価は高騰する。政府は臨時国会に予算案を提出するが、生活の苦しい国民に重い税金がかかってくる。正男はその予算案の問題点を究明するために、停電の夜蝋燭をつけて徹夜をする。当時、停電が多かった。  蝋涙は垂りやまずして停電の夜半を書きつぐ思いのひとすじ  息つめて物書くひまも蝋の香は流れつつやまず夜半の机に  蝋の灯を吹き消したれば蚊帳ぬちに匂い流れぬいまは眠らむ  団扇白くおかれし畳が蚊帳越しに暁(あけ)のひかりにうかびて見ゆる

続きを読む

私の好きな現代短歌(253)

手巻煙草はばかりもなく売られおりこの闇市の露地の一角    岩間正男  配給以外のタバコの販売は禁止されているのに、この闇市の露地の一角では、何のはばかりもなく手巻きタバコが売られている。  主食の米、麦はもちろん、酒、タバコ、衣料品などは勝手な売買は禁止されていたが、町のあちこちに露天の市場が出来、そこでは公然と、あるいは非公然で何でも売られていて、闇市と呼ばれていた。値段は高く闇値と言われたが、生きていくために必要な物品はそこで手に入れるしかなかった。いま私たちや子や孫が生きているのは、法律を犯して闇の品物を手にしたからだとも言える。  鳥の腹露店に裂きいる男いて晦日の夜露ひかりそめたる  闇市よりそらすひとみに雪雲の光りうすうすと夕焼くるなり

続きを読む

私の好きな現代短歌(252)

「社会党書記長個人」ということば混迷の世の流行語となる   岩間正男 「社会党書記長個人」という言葉が、混迷の社会の流行語になっている。  一九四七(昭和二二)年の総選挙で第一党になった社会党委員長片山哲が内閣を作ったが、社会党の内紛から内閣を維持できなくなり、副総理で民主党総裁の芦田均に内閣を禅譲した。その芦田内閣副総理で社会党書記長の西尾末廣が、昭和電工から賄賂をもらっていたことが発覚して芦田内閣が倒れ、吉田茂の長期政権が生まれることになる。その事件の時、西尾は「社会党書記長個人」と言う発言をして、国民を怒らせた。政治家は何時の時代にも恥知らずな自己弁護を試みて、国民の政治不信を招く。  逞ましき面魂(つらだま)なりしかしゃあしゃあとかかる邪しまも構えいたりき

続きを読む

私の好きな現代短歌(251)

引揚げ船いくつか還るそが中にもしや弟がと思うしばしば    岩間正男  引き揚げ船がいくつか還ってきたが、その中にもしや弟が元気でいるのではないかと、度々思う。   一九四五(昭和二〇)年秋、南洋や大陸に派遣されていたたくさんの兵隊や民間人が、船で日本に引き揚げてきた。その船を引き揚げ船と呼んでいた。正男の弟は徴兵されて南洋の方へ派遣されていたが、まったく音信不通だった。しかし一九四七(昭和二二)年、戦死の公報がはがきで届いた。  「二月十日比島ピナッポ山麓に戦死す」と伝えしのみの短き葉書  おおよそのあきらめ心と若しやという愚か心がわれを待たせし  ふと止まるわれの歩みや弟は二年前すでに比島に戦死せり

続きを読む

私の好きな現代短歌(250)

井戸水に豆腐を冷やし妻の待つ夕餉というに帰り来にけり かにかくに年祝ぎせんとひと握りのごまめは妻のもとめ来しもの たどたどし子らが書きたる手紙にて「かずの本を下さい、机も下さい、腰かけも下さい」                                     岩間正男  たどたどしく子どもたちが書いた「数の本をください、机もください、腰かけもください」という手紙が届いた。  戦争で校舎も机や椅子、教科書も文房具もない子どもたちは、国会議員に手紙を書いた。「早くこんなさむい教室で勉強しないでもいいようにしてください」という手紙もあった。教員組合出身の正男はそれを採り上げ、各地で六・三制予算獲得の運動が起こり、子どもたちも街頭で意見を発表した。  爆破されし教室の屋根がそのまま雪ぐもりの空に続けるという  炎天に子らが一途の声徹り教育再建を祈るように言う  メガホンもてさけぶ童の額よりしたたり光る汗は見にけり

続きを読む

(249)私の好きな近代短歌

百合一輪買い来て妻が瓶にさす奢りといわば言うを得べきか   岩間正男  この食糧難の時代に、妻が一輪の百合を買ってきて、瓶に生けてある。贅沢というならそうかも知れない。  庶民はみんな食糧をどうして手に入れようかと必死の時代、花を買ってきて飾るなどは贅沢な話だった。しかし岩間夫妻はそんな生活の中でも、美を愛する気持ち、心のゆとりを失いたくなかった。その精神が、正男の国会活動でも、教育・文化の重視に現れていた。  子どもたちが大好きだったが、自分たちの子どもには恵まれなかった岩間夫妻は、何時までも水入らずの仲の良い夫婦だった。

続きを読む

私の好きな現代短歌(248)

山青く迫れる部屋にうつしみの眠り足らいし眼(まなこ)をひらく      岩間正男  疲れ果てていた私は、山が青く迫っている部屋でぐっすりと熟睡して今目が覚めた。  一九四七(昭和二二)年は、二・一ストに始まり、参議院選挙運動、国会活動と激務が続いた。疲れ果てた正男は国会が終わった秋、湯沢温泉「高半旅館」で静養する。歌人である正男は、おそらく川端康成の「雪国」に関心を寄せただろうと思う。  当時は、食糧統制令の時代で、配給の米を持って行くか、外食券を持って行かなければ、旅館や食堂でご飯が食べられなかった。私の経験では、一九五八(昭和三三)年まで、大学の学生食堂で米飯を食べる時、外食券を提出していた。  杉の木に杉の花咲くひそけさよ谷の温泉(いでゆ)に日数こもれば

続きを読む

(247)私の好きな近代短歌

焼けビルの内らにともす灯影ありたしかに人の棲みつけるらし   岩間正男  空襲で焼けたビルの窓に灯影が見える。たしかに人が住み着いたらしい。  終戦直後、田舎に疎開していた人たちが東京に帰って来、戦地にかり出されていた兵隊たちが復員してきた。しかし一面の焼け野原である東京には、住む家がない。寄せ集めの木材で掘っ立て小屋を立てたり、防空壕に住んだり、窓ガラスのない焼けビルに住む人たちが増えていた。焼けトタンを被せたバラック住宅は、太陽が照りつけると中にいられない暑さになる。梅雨になると雨水が床下に溜まって湿気がひどい。  トタンの屋根朝より灼けいてすべもなし壕舎の前の日まわりの花  雑草(あらぐさ)が埋めつくせる焼跡に梅雨の日癖の雨は降りつつ

続きを読む

(246)私の好きな近代短歌

せまりいる飢餓を思うとき額よりまなぶたより汗のしたたりやまず      岩間正男  国民に迫っている飢餓を思うと、国民の代表として国会議員をしている自分の重い責任を感じ、額から瞼から汗がしたたって止まらない。  戦時中も食糧難だったが、戦後になると政府の無策や悪徳商人の暗躍もあり、ますます国民は飢餓にさらされる。一方では、軍用品を隠匿して横流しをしたり、法律の網をくぐって闇物資を売買してぼろ儲けをするにわか成金もいた。  幾万枚の紙幣というを積みかさね尺もて計るしぐさとぞ聞く  計画欠配を告ぐるラジオの声洩れくるバラックの低きトタン屋根より  朝すでに汗ばむ顔を寄せ合いて電車の中に息こらしいる

続きを読む

(245)私の好きな近代短歌

どた靴の組と呼ばれつつ議員われ今日新しき靴をもらいぬ   岩間正男  国会内では「どた靴組」と呼ばれている私に、今日新しい靴が支給された。  終戦直後は物資不足で、革靴などは貴重品だった。戦時中に兵隊に支給されていた軍靴は「どた靴」と呼ばれていた。労働者から支持されて当選した議員たちは、貧しい身なりで「どた靴組」と呼ばれていた。議員の品位を保つために、議員全員に新しい靴が支給された。岩間は、満員電車に乗って国会へ通った。  混み合える電車の中に新しき靴をはけるが俄かにさびし  電車の中でふまれた靴をそのままに緋の絨毯を今は踏んでゆく  リュックサック背負える老婆と汗臭き四五本の手がすがる一つ吊皮に

続きを読む

(244)私の好きな近代短歌

目をさえぎる物とてもなき廃墟の上国会議事堂のありて聳ゆる   岩間正男  目をさえぎる物もない廃墟の上に、国会議事堂がそびえ立っている。  米軍の空襲によって、一面の焼け野原になった東京の中心に、焼け残った国会議事堂だけがそびえ立っている様子を、ありのままに描いた短歌で、高層ビルに取り囲まれている今では想像も出来ない風景である。戦前は衆議院と貴族院で構成された国会が、一部特権階級の専有物として国民の上に君臨していたものを、岩間たちは庶民の代表として国会に乗り込んで行った。共産党は少数政党で「一服の清涼剤」と評された。  一服の清涼剤となるなかれ逞ましき政治力をわが思うときに  議院づとめの疲れをもちて帰りくる少女らにやさしきことばかけてな

続きを読む

(243)私の好きな近代短歌

昼暗き院の廊下に目をこらしあくなくも思うせまれる飢えを   岩間正男  昼も暗い参議院の廊下に目をこらしながら、国民に迫っている飢餓のことをいつも思っている。  正男が参議院議員になった一九四七(昭和二二)年といえば、日本の食糧事情が一番悪くなった時で、配給とは名ばかり、遅配、欠配が当たり前だった。食糧統制令で、配給以外の米の売買は禁じられていたが、それを守っていては飢え死にする。事実、ある裁判官が法を守って餓死し、ニュースになった。  配給の食とぼしくて街まちに迫りいるものを青葉はつつむ  あたふたと今日もがれきの街を行き疾(やま)しき童(こ)らがひとみにぞあう  白き米掌に受けつつ量感を冷やびやと愛づ光る粒つぶ

続きを読む

私の好きな近代短歌(242)

せまりいる危機はつぶさに言挙(ことあ)げんつとめをもちて院に入りゆく   岩間正男  迫っている生活の危機を詳しく追求する務めを持って、参議院に入っていく。  正男の労働組合運動の出発点は、民主教育の建設と、児童たちの生活向上だったので、六・三制教育の充実のため、校舎の建設や学校給食の実施、軍国主義教育を批判し、平和民主教育の前進などに精力的に活動する。また、児童たちの飢餓を救うため、学校給食の実施拡大を要求して奮闘する。国会内の活動と国会外の大衆運動を結びつける必要を感じ、無所属から共産党議員団に属するようになる。  参議院表札新らしく書き替えて木の香におえる朝を入り来つ  議会とプロレタリヤを描きし画が世の視聴をあつめたることありき

続きを読む

私の好きな近代短歌(241)

迫りくる飢餓のひとみは思わめや緋の絨毯を踏みゆくときに   岩間正男  食糧に飢えた人々の瞳が迫ってくるのを感じないだろうか、国会の赤い絨毯を踏んでいく時に  一九四七(昭和二二)年四月、戦後初の参議院選挙が行われる。教職員組合は、労働運動だけでは要求が前進しないことを体験し、代表を国会に議員として送り込む必要を感じる。静養中の正男はその気がなかったが、まわりの強い要請を断り切れず、出馬を決意する。一旦決意すると正男は猛烈な全国遊説を始める。往復の列車の中でも演説をして拍手を得る。そして見事当選する。  清(すが)若きひとつの願い持ちつぎて世の暁に立ちなんわれか  その願い遂げよとわれを選びたる二十五万のわがはらからよ

続きを読む

私の好きな近代短歌(240)

いのち生きて峡のいで湯につかるにも身に沁みて思うたたかいのさま    岩間正男  連日の激務に疲れ果てたが命は存え、山の温泉に静養しているが、あの激しかった闘いの様子を身に沁みて思い出している。  二・一スト準備のため不眠不休の活動が続き、体重は八キロ減った。一月三〇日朝、正男は過労で立てなくなった。青年行動隊の担架に担がれて闘争本部に入り、担架に寝たまま指示をする状態だった。ストは、マッカーサーの禁止命令で急転直下中止され、正男は温泉で湯治をして健康を取り戻す。  春めきてひかりもり上がる風空をかがやきしるし甲斐駒の雪  革命の線いくばくか進みしとかえりみるときうろたえており  信念に生くるというは迫りいるかかる厳しき現実を見ず

続きを読む

(239)私の好きな近代短歌

鈴懸の枝のみのこずえ仰ぐときわれに成し遂げぬ希(ねが)いあるなり    岩間正男  鈴懸の枝だけの梢を仰ぎ見るとき、私には成し遂げていない望みがあるのだ。  一九四七(昭和二二)年二月一日、日本の歴史始まって初めてのゼネスト決行が着々と準備されていたが、占領軍総司令官マッカーサーの命令で禁止されてしまった。その後、労働運動に弾圧と分裂の攻撃がかけられた。正男にとって、残念な思いとともに、様々の反省を胸に刻む。例えば、組合運動がまだ国民的な支持を得ていなかったことなど。  二月の尽きなんとしてしずかなる月のひかりは庭雪てらす  過ぎにけるたたかいのさまはかく言いて君がひとみにうるむものを見ぬ  血肉のつながりにありてたたかえりこの五つ月をたたかい抜きぬ

続きを読む

私の好きな近代短歌(238)

朝もなし夜もなし日なしいこいなし不逞のやから国おこすべく    岩間正男  朝から晩まで休むこともなく、私たち「不逞の輩」は国を建設するために奮闘している。  一九四七(昭和二二)年一月一日、吉田茂首相はラジオによる新年あいさつの中で、労働組合を「不逞の輩」と呼び、労働組合の怒りを買う。賃上げの要求が前進しない労働組合は「吉田内閣打倒」のスローガンで二月一日にゼネラル・ストライキを計画し着々と体制が整っていく。一月二〇日に聴涛産別会議議長が右翼の暴漢に剌される事件が起きる。  脅迫に敢えて屈して止むようなそんな決意は始めからしてない  鉄筆もて切りすすむとき卓の上のアスパラガスは震いやまずも  澄みとおる朝の日ざしに霜畠の氷柱(つらら)かがやき葱の秀(ほ)は燃ゆ

続きを読む

(237)私の好きな近代短歌

朝床に歌おもいいるたまさかのいとなみありていのちいきおう    岩間正男  朝目が覚めて、そのまま寝床で短歌をまとめようとしていることが時々あって、それが元気の素だ。  短歌は時と場所を選ばず、突然頭に浮かぶ。その時に頭の中でまとめ、すぐ記録をしておかないと忘れてしまう。  教育と社会の民主化闘争はなかなか進まず、岩間に疲労は深いのだが、そんな毎日の中でも短歌を詠むことによって心のゆとりを生み出している。  この年の暮れなんとして憊(つか)れふかきひとつのいのち眠りにまかす  朝あかり限りなければうちふかく燃ゆるいのちのひとみを上げぬ  せめぎ合う電車のなかに棋譜を読む青年のありゆとりというか

続きを読む

(236)私の好きな近代短歌

闘争本部に年替るとき湧きあがるインターナショナルの若き歌声    岩間正男  今日は大晦日。闘争はこのまま来年に持ち越す。若者たちが元気に歌うインターナショナルの歌声がわき上がる。  当時の闘いのエネルギーの中心は、青年部、婦人部だった。若者たちは、新しい日本を建設するのだという気概と希望に燃えていた。  年すでにたたかいのなかに暮れんとしかぐわしきばかりおとめ子のこえ  純血もて書きつづられし青行隊の決意書ひとたばね傍(かた)えにぞ置く  始めより仰ぐ光もなかりしと語らう眸にうるむものを見ぬ  年越えてなおたたかわんいのちとて雑煮をぞ祝う三切ればかりを  追いつめて追いつめてしかくたたかえりきよう晦日のいのちけうとさ

続きを読む

(235)私の好きな近代短歌

正しきを正しとなして言い放つ清(さ)やけき童らが眸はたのまん  岩間正男  正しいことを正しいと遠慮なく言い放つ子どもの瞳は頼もしい  労働戦線は分裂し、民主化を目指していた日本社会に「逆コース」と呼ぶ反動化の波が押し寄せる。それに抗して「全国父兄大会」が開かれた。そこでは、平和民主教育推進を求める父母と児童の明るい瞳があった。岩間たちはそのエネルギーに励まされた。  光なき汚濁の中にあらしめし童らがいのちは沁み思うかな  この子らにこの親のありて今日あがるとどろきのなかに世は興るべし  きびしくも選び賜(た)ぶべし子らがため教育再建はひとのことかは  よき子らによき教育をえらぶこと基本的人権のそのなかにあり

続きを読む

私の好きな近代短歌(234)

雨しぶく夜半の帰りを駅の灯に横顔てられ妻の待ちいる    岩間正男  激しい雨の降る夜遅く、駅の明かりに横顔を見せて、妻が私の帰りを待っている。  一九四九(昭和二四)年、三鷹事件、下山事件、松川事件など、国鉄に関係ある奇妙な事件が相次ぎ、当時戦闘的な組合だった国鉄労働組合の活動家や共産党員が容疑者として逮捕され、民主団体や労働組合の運動に、世論が冷たくなる。一方では、これらの事件は国家権力や国際諜報機関による謀略だとして、知識人も参加して公正な裁判を求める国民運動が起こる。岩間たちの運動は困難を極め、岩間の妻は、夫の身を案じていた。  寒かりしひと日いかにとねもごろに傘さしかけて言い出づる妻や  現実は暗く悲しくかくありとそれのみの思い語りてやまず

続きを読む

(233)私の好きな近代短歌

霜ぞらにたばこのけむり吐くときにひと日のきおい崩れゆくらし    岩間正男  一日の仕事が終わって、霜が降りそうな寒い夜、煙草を吸うと、今日一日の張り詰めた気持ちが崩れていくようだ。  労働運動に政府とGHQによる分裂が持ち込まれ、統一を回復しようとする岩間たちの運動は困難を極め、連日緊張を強いられる。一日が終わると、どっと疲れが出るのだ。しかし何時かはと、希望は失わなかった。  生きの緒のいのち煙れてある夜半を身にひやびやし菊の香りは  自らをさいなむごとき謐(しず)けさの刻(とき)ありてやがて燃ゆるいのちか  数ならぬこの身いとえと賜(たま)いたる牛のロース鍋この夜更け食う  朝に夜に友の真実(まこと)に触れ合いてこのかおすものを何とかいわん

続きを読む

(232)私の好きな近代短歌

四十万教員の団結をはばむもの何ぞかえりみてむらむらとわく思いあり    岩間正男  四十万人の教員の団結を阻むものは何か。顧みると胸に、むらむらと湧く思いがある。  怒濤のごとく進行する日本民主化の運動に恐れを抱いた日本政府とマッカーサー率いるGHQは、革新勢力や労働組合の分裂をはかる。戦前から続いている反共意識を利用して、戦闘的な勢力に「アカ」のレッテルを貼って孤立させていく。そして反権力的でない労働組合を組織する。後には戦闘的になっていく「総評」は、GHQの肝いりで誕生したのだった。岩間たちは、分裂攻撃に抗して、団結を訴えるが厳しい状況におかれた。  はららぎて庇(ひさし)うちくる雨音をさめて聴きしかわがこころ痛し  胸いたき思いたもちて行くなべに冬の曇りはちまたをつつむ

続きを読む

私の好きな近代短歌(231)

問題の核心をしかとつかみかね共闘論今日も日暮れに近し    岩間正男  闘いの進め方を巡って、どうすれば団結が強まるか議論がまとまらない。今日も議論が夕方まで続いた。  食糧を求め、食っていける賃金を要求し、吉田内閣打倒をスローガンに、一九四七年二月一日に全国でゼネラル・ストライキが行われることになり、着々と準備が進行していた。吉田首相はマッカーサーに事態の収拾を訴えた。マッカーサーは、ゼネスト禁止の命令を出した。マッカーサーの権力は絶対で、ゼネスト闘争委員長井伊弥四郎は、NHKのラジオを使って、スト中止を全国に指令した。  光なく弱きものらがおぞましきわざおぎに似て物を乞うさま  弱きものむざとけがれてふたたび教育の大道を誤つなかれ

続きを読む

私の好きな近代短歌(230)

身につきて菊の白花においくる花屋の前を過ぎぬたまゆら  岩間正男  何気なく花屋の前を通り過ぎた一瞬、白菊の香りが身にまといついてきた。  日本の民主化、平和民主教育の条件獲得のため、連日連夜忙殺されている正男に、ふっと自然を愛する気持ちが蘇ってくる。岩間正男は、北原白秋に最も信頼された弟子の一人だった。白秋はロマンティックな詩や短歌を沢山残した詩人、歌人である。岩間正男はそんな白秋にあこがれて弟子入りした。社会的な状況が彼を政治の世界へ連れ去ったが、自然や花を愛し、人間を愛する気持ちは持ち続けた。  白菊に思い沁みいる刻の間のここちゆるびを許させたまえ  いこいなきいのちといわん朝山のぬるでのもみじ雨にしぶくを

続きを読む

私の好きな現代短歌(229)

一訓導が卓をたたいてつめ寄るとき日本の教育大いにおこらん   岩間正男  名もなき一教師が、机を叩いて文部大臣に詰め寄る時、日本の教育は大いに発展するだろう。  天皇制専制で軍国主義一辺倒の戦時中には、ややリベラルな立場を取っていた東大法学部教授の田中耕太郎は、吉田内閣で文部大臣に起用された。民主主義に向かって怒濤のごとく前進する当時の日本では、既に田中は保守勢力だった。教員組合、労働団体との交渉を逃げたり、無言戦術をとったり、反共思想を口にしたりした。事態は、一九四七年二月のゼネストに向かって進行していた。  貶(おと)しむるわれらが胸にほのおなし燃えたぎつものを彼は観ざらん  ゼネスト論議さもあらばあれかかわりなく大き世代の機(とき)はうごかん

続きを読む

(228)私の好きな近代短歌

たじろがぬいのちをもちて真向微塵驀進しくるものに面むけて立つ   岩間正男  何者にもたじろがぬ命を持って、真正面から驀進してくる権力に向かって立ちはだかっている。  新日本建設の闘いは、国家権力や一切の封建勢力、保守勢力を向こうに回しての闘いになった。ゼネストは、好きこのんで採る戦術ではなく、改革をサボろうとする権力に対する、やむを得ぬ戦術だった。  操車技術あらあらしきに運転手の心に今朝はじかに触れいつ  新たなる決意すがすがと葱萌えて目に追う畑の朝霜のいろ  ゼネストをわれにやめよというものあり何をか好みわれらおこなう  赤旗をむげにくさして貶(おと)しむる文相談というは何ぞも

続きを読む

私の好きな近代短歌(227)

固き殼やぶりて出づる新蝉(にいぜみ)のあらあらしきしぐさ思いみんとす  岩間正男  固い殻を破って出てくる新しい蝉の、荒々しい動作を思い出している。  婦人部の生き生きとした活動を見ながら、まるで新しく生まれたばかりの蝉のように、清新で活発だなあと感心しているのである。次の歌も婦人部のことを詠んでいる。人権を奪われ、忍従の人生を歩んできた日本の女性が、戦後の解放で男女同権を求め生き生きと活動する姿に、正男は共感しているのだ。  殼をいま脱ぎしばかりの柔肌が息づくごとし朝の大気に  全国的に闘いの炎は燃え広がっていく。  スト態勢確立の入電しきりにて謐(しず)かなり朝の闘争本部の白菊  はてしなき陰謀をしり目に昂まりゆく教育労働戦線日日に新たに

続きを読む

私の好きな近代短歌(226)

るつぼなすたぎりのなかに身はおきて思い澄むとき白菊咲けり    岩間正男  教育建設運動の気運が坩堝のようにたぎっている中に身を置き、思いを澄ましているとき白菊が咲いた。  運動が盛り上がってきた時、指導者は冷静に判断して運動を指導しなければならない。そんな時清々しく白菊が咲いて正男の気持ちを落ち着かせたのである。  革新運動のエネルギーは、青年と女性がより多く発揮する。虐げられてきて要求を強く持っているし、純真な正義感を持っているからだ。次の二首は、青年部結成大会に出席した正男の歌である。  はじめより仰ぐひかりもなかりしと語らう眸(まみ)にうるむものを見ぬ  虚脱の青年層とたれか言う結集(あつ)められたるこの力見よ

続きを読む

(226)私の好きな近代短歌

底たぎついのち圧し鎮めありありと君が血書をまさ目に胆(まも)る     岩間正男  心の底に煮えたぎる思いをぐっと抑えて書いた君の血書を、私は真剣に見つめている。  敗戦直後、教員の初任給は三百円ほどで、とても食べていける金額ではなかった。教師は聖職とされ、封建的身分制度の下で、文句を言わず働かされていた。それに耐えきれなくなった地方の青年教師が、新教育建設のために献身的に闘う岩間たちの活動を知って、それに同調する決意を示す血書を送ってきた。決意を血で書くというところに、戦争が終わったばかりの時代背景が見えるが、青年教師たちの純粋な気持ちも表れている。  うつむきて言うばかりなしわかものの一途の希(ねが)い血もて綴るを  おくりこし君が血書は朝に夜に胸底深く秘めてたたかう

続きを読む