気になる看板

この標語がずっと気になっていました。何か回りくどい感じです。つまりは子供を甘やかしてはいけないと言いたいのでしょう。ずばりそう言えば良いのに、「子供の可愛さに親が甘えているから非行が生まれる」のだと言うのでしょうか。

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首藤隆司歌集より「食事は文化」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第147回(2001年7月3日) 首藤隆司歌集より 味よりも栄養を言い押しつける食事の如きか我の授業は 水際へいやがる生徒を連れ来しも水飲ませ得ぬごとき嘆きぞ  こんにちは首藤隆司です。  各種のビタミンやカルシウムなどを、薬のように錠剤で飲む、補助食品がアメリカで流行し、日本にも流行ってきているようです。  一食分の栄養が全部詰まっているというビスケットやゼリーのような物が売り出され、独身の男女が朝食代わりに食べているようです。人間にとって食事とは、栄養だけの問題なのでしょうか。家族がそろって食事をするという時間に、人間の大切な生活文化の学習や伝達が行われているのではないでしょうか。そこをすっ飛ばしている忙しさの中に、現代社会のゆがみが生まれているのではないかと思います。そして食べ物は、栄養さえ入っていれば味はどうでも良いというものではないし、逆においしければ栄養はどうでも良いというものでもありません。必要な栄養を含んだものを、いかにおいしく食べさせるかが料理の文化でしょう。  私は自分の授業が生徒にとっておいしい料理になっているかどうかを、ときどき反省しました。「これは大事なところだよ」「ここはテストに出すぞ」などと栄養があることを強調しながら、生徒が楽しく授業を受けるような工夫が足りないのではないかと反省させられました。一年に2回くらい、無記名の授業アンケートを採って、授業の良いところ、悪いところを書いてもらいました…

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首藤隆司歌集より「二つ褒め一つ叱る」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第146回(2001年6月28日) 首藤隆司歌集より 人間の欠点ばかり気にかかる教師の性のわびしかりけり 子供らを叱るは易しうまく褒めやる気にさせるが教育ならむ  こんにちは首藤隆司です。  私は他人の文章を読むと、その悪いところがまず気になります。人に会うと、まずその人の欠点に気がつきます。そういう自分がいやです。まず相手の長所が目に付くようだとかっこいいのですが、そうではないのだから仕方ありません。これは、私の生まれつきの性格なのか、教師になってから身に付いた癖なのか、今となっては分かりません。しかし、この癖も使い方ひとつで役に立つものだと思っています。  教師の中には、生徒の悪口ばかり言う人、欠点ばかりを指摘する人がいます。私はそれには賛成できません。私は、まず欠点に気がつきますが、それは胸に納めておきます。そして長所、褒めるべき点を探します。まず、二つ三つ褒めます。そうしておいて「だけどここを直せば100点満点なんだがなあ」と欠点を一つ言います。教師の一言は、重大です。こちらでは何気なく言った一言が、生徒にとっては一生忘れられない励ましになったり、心の深い傷になったりします。愛情と心配りを忘れず、慎重に発言しなければなりません。褒めてばかりも良くありません。人間を駄目にしようと思うなら、「褒め殺し」が一番です。褒められるだけの人間は、進歩しないだけでなく、どんどん慢心して鼻持ちならない人間になっていきます。逆に叱られ…

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首藤隆司歌集より「ポプラ」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第142回(2001年6月14日) 首藤隆司歌集より 風宿る樹ならむ風のなき日にもポプラの梢さわさわと鳴る 生徒らの夢のごとくに日を受けて青空を行くポプラの綿毛  こんにちは首藤隆司です。  三条工業高校には、ポプラの木がたくさんあります。ポプラは北欧原産の木で、日本には明治時代に欧米から持ち込まれたようです。札幌農学校、いまの北海道大学農学部のポプラ並木が有名です。丈夫で成長も早いが、あまり役に立つ木でもないので、学校のグラウンドに似合うのかも知れません。昔はマッチの軸の用材に使われたのですが、いまはチャッカマンや100円ライターでマッチの出番がなくなってしまいました。  竹箒を逆さに立てたようにすっと立った姿は、ヨーロッパ風にハイカラで、なかなかよい風景です。ポプラの枝は細く長く、柔らかい葉がたくさん付いていますので、ほんの少しの風でも、揺れてさわさわとにぎやかに音を立てます。まるで風の神がポプラの梢に住みついていて、毎朝そこから出かけていくような気がします。葉の裏が白いので、日を受けるときらきらと日光を反射して涼しい感じを受けます。  今頃になると種を含んだ綿毛を盛んに出して、風に飛ばします。その綿毛が風に乗って、どこまでも高く空に舞い上がっていく様子を見ていると、生徒たちが学校を卒業して、大きな夢を持ち社会に飛び立っていくのを見ているようで、思わず「がんばれよ」と祈るような気持ちになります。  私の高校時代、校庭…

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首藤隆司歌集より「学校差」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第141回(2001年6月12日) 首藤隆司歌集より 電車通学の生徒ら互いに校章のバッジを隠すそのいじらしさ 学歴を尊ぶ世にて生徒らに誇りを持たすることのむずかし  こんにちは首藤隆司です。  久しぶりに電車に乗りました。通学の高校生たちが、学校別の個性的な制服を着ているのを目新しく思いました。10年ほど前は、男子生徒はどこの学校も詰め襟の学生服、女生徒はブレザーかセーラー服で、バッジを見なければどこの学校の生徒か分からない状態でした。電車に乗ると、バッジを裏返しに付けて、どこの学校の生徒か分からないようにしている生徒もいました。生徒の作文で、冬になってコートを着ると自分の学校が分からなくなるのでほっとするというのを読んだこともあります。知人に、子どもさんはどこに入学しましたかと尋ねると、「いや、とても人様に言えるような学校じゃありません」と苦笑いされることがよくあります。  入学した高校によって人間が評価されてしまうという理不尽なことが、当たり前のことのようにまかり通っている。みんなが羨ましがっている学校へ入学した人がみんな幸せになり、人様に名前が言えないような学校に入学した人がみんな人様に恥じるような人生を送っているでしょうか。私は、29年間夜間定時制の教師をしてきました。生徒たちは世間の偏見による差別で苦しんできました。しかし卒業生の誰をとっても、みんな自分なりの幸せをつかみ、立派な社会人として活動しています。もう忘却…

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首藤隆司歌集より「脅しを使わない」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第140回(2001年6月7日) 首藤隆司歌集より 生徒らを脅かすことが毎日の仕事のごとき教師を恥じいる 脅かしを教育手段に使わじと自分に誓えどその難きこと  こんにちは首藤隆司です。  小学校から大学まで、私が受けた教育体験を振り返ってみると、教育の手段として「脅し」がよく使われていたことに気づきます。殴るなどの体罰や、怒鳴りつける。「そんなことをするなら落第だ」とか「赤点だ」などの脅し。  そして、私がいい先生だなあと尊敬したのは「脅し」を使わなかった先生方です。小学校で二人、大学で一人、そういう先生に出会いました。だから私は「脅し」を使わない教師になろうと、始めから思っていました。ところが実際に自分が教師になってみると、生徒がなかなか言うことを聞いてくれず、つい「脅し」を使いたくなっている自分に気づきました。そしてまた、体罰や脅しは、当面効き目があったように思えますが、実際には生徒は表面的に従った振りをしているだけで、腹の中では納得していないということにも気づきました。やはり教育というのは、生徒を納得させなければなりません。そのためには、時間と根気、そして暖かく見守る愛情が必要なのだということも分かってきました。私が尊敬した先生方は、私の隠れた能力を信じ、私が自分の力でやり遂げるまで、温かく見守っていてくれたのだということが分かりました。  いまの生徒たちは、生まれてこの方、親からも教師からも脅かされながら育っていま…

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首藤隆司歌集より「籤を引く」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第139回(2001年6月5日) 首藤隆司歌集より ギャンブルの盛んなる世か生徒らは何をするにもあみだくじ引く 生徒らの平等感かくじ引きで決めたる後は不満を言わず  こんにちは首藤隆司です。  民主主義というのは、時間と手間がかかるといわれます。全員が意見を出し合い、討議を尽くして、意見が一致できなかったら採決をし、多数決にする。その決定をみんなで守るというのはなかなか大変なことです。  生徒たちに何かを決めさせようとすると、なかなかそうはいきません。まず意見が出ません。意見が出ても討議をしません。すぐ多数決に持ち込み、決まってもそれを守りません。それを守らせようとすると、文句を言います。戦後56年、日本の民主主義はまだしっかりとは育っていないようです。  役員や、教室の座席などを決めるとき、生徒たちはよくあみだ籤をします。それまでいろいろと文句を言っていた生徒も、籤で決まると、もう文句を言いません。籤で決まったらもう仕方がない、それが生徒の平等観なのです。私の考えでは、適材適所とか、順番を決めてみんなでやるとか、理論的に処理をして欲しいのですが、生徒たちは運がいいとか悪いとか、人間以外の力で決まったことには従うという姿勢です。話し合い、議論をするとしこりが残るかも知れないが、籤で決まったのは、誰を恨むことも出来ないから後を引かない。他人とまずい関係になりたくないという日本人的な考えがそこに流れているようです。 ギャ…

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首藤隆司歌集より「人生の希望」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第138回(2001年5月31日) 首藤隆司歌集より 若者は夢を食みつつ生くるもの夢与え得ぬ時代を傷む 若者に夢持たせ得ぬ世の中に我ら教師の為すべきことは  こんにちは首藤隆司です。  1945年、昭和20年、太平洋戦争が終わったとき、私は9歳、国民学校4年生でした。香川県の高松市で空襲にあった私たちの家族は、家も着る物もなく、何よりも食べるものがありませんでした。それでも戦争が終わり、これまでの軍国主義、身分制度が間違っていて、これからは一人一人の人権が認められ、みんなが平等の民主主義が正しいのだ、平和で民主的な日本を建設するために、みんなで勉強するのだという、前途洋々の夢が目の前に広がっている時代でした。  生活は貧しかったが、精神的には高い理想を持っていました。公立学校は授業料も安く、日本育英会などの奨学金もあり、学生アルバイトもあって、貧しい家庭の子供でも、勉強する気さえあれば、大学へも進めるし、なりたい職業に就けると思っていました。そうやって日本社会は繁栄に向かって一直線に発展してきました。ところがいつの間にか新しい社会秩序ができあがってきて、若者たちが大きな夢を持てない時代になっていました。自分の将来を予想してみると、がんばってもまああの程度か、それ以上の所はムリだなと見えてしまうようになっていました。だから、がんばれ、がんばれ、大きな夢に向かって努力しようと励ましても、若者は白けてしまうようになっています。 …

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首藤隆司歌集より「検定試験」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第136回(2001年5月24日) 首藤隆司歌集より 風光るポプラに生徒の声響く西日明るき初夏の校庭 就職に有利と聞けば生徒らは検定試験を次々と受く  こんにちは首藤隆司です。  教師になって29年間、夜間定時制に勤めていた私は、30年目に昼間の学校に勤めました。明るい昼間の学校を新鮮に感じました。初夏を迎え、いい天気が続き、爽やかな風が吹くと、校庭のポプラの葉がざわざわと音を立て、西日にきらきらと輝きます。放課後の校庭は、クラブ活動をする生徒たちのかけ声がにぎやかに響きます。何かテレビの学園ドラマに出てきそうな雰囲気です。遠い昔の自分の高校生時代を思い出します。  工業高校では、計算機検定や危険物取扱者資格試験など、検定試験や資格試験がやたらとあります。中にはその試験を受けるための授業もあります。生徒たちは、いろいろな資格を取っておけば、就職に有利と聞かされて、それを目指して勉強します。それがあるから授業が成立しているというような面もあります。進学校では、大学受験のための授業があるのと似ています。就職の時、履歴書の資格の欄にたくさんの資格を書き込んでいますが、果たして企業がそれを重視しているかどうかは、私たちには分かりません。企業が私たちにいつも言うのは、学業の成績よりも、大きな声で返事が出来ること、体が丈夫であることを重視しますということです。今や高校卒業生が労働現場の一番下積みになる時代、学業成績より健康重視というのが…

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首藤隆司歌集より「あだ名は仏」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第135回(5月22日) 首藤隆司歌集より 教室は息苦しきかオアシスと呼びて生徒ら図書館に来る 生徒らに仏とあだ名付けられて我も少しは役に立つらし  こんにちは首藤隆司です。 学校図書館の係りをしていて、不思議なことに気づきました。3時間目が終わると昼休みになって昼食を摂るのですが、3時間目が終わったチャイムが鳴ったとたんに何人かの生徒が図書館にやってきます。昼食も摂らずに雑誌などを見ています。それとなく聞いてみると、昼休みの教室は、気の弱い生徒には地獄のようです。ジュースやパンの買い出しに使い走りをやらされたり、そのお金も「貸しておいてくれ」と言われて立て替え、返してもらえないこともある。教室でたばこを吸う生徒のグループに見張りをやらされる。それがいやで、チャイムと同時に図書館へ逃げてくるということでした。昼休みだけでなく、休憩時間になると、プロレスごっこと称して、プロレスの技をかけられていじめられる。授業は難しくて分からない。教室は地獄で、図書館と保健室はオアシスだと言う生徒もいました。図書閲覧室は食べ物の持ち込み禁止になっていましたので、私はこっそり、そういう生徒のために弁当を食べる場所を確保してやったりしました。  そんな私のことを生徒たちがいつの間にか、「ほとけ」と呼んでいることを知りました。私のような老教師は、学校にとって大した役にも立っていないのでしょうが、それでも一部の生徒にとって「ほとけ」であるならば、…

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首藤隆司歌集より「人間が好き」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第134回(2001年5月17日) 首藤隆司歌集より どうすれば生徒が好きになれるかと若き教師に問われ戸惑う 教育の厳しさなどと言いおれど生徒にとりては冷たさならむ  こんにちは首藤隆司です。  三条工業高校に転勤したとき、私はもう52歳。定年までの残り8年をここで過ごすつもりでした。私の教育技術を若い教師に引き継ぎたいと思っていました。そこでいつでも私の授業を見に来てくださいと、職員会議で宣言をしました。何人かの先生方が授業参観に来てくれました。後で話し合うと、どうして先生と生徒がなれなれしく話し合えるのかと聞かれたことがありました。「私が生徒が好きだから、生徒も私を好きになってくれるのでしょう」と答えました。そうすると、「どうすれば生徒が好きになれますか」と聞かれて、私は言葉に詰まってしまいました。私は若者が好きだったから、高校の教師になろうと思って、教育大学へ進みました。しかし今の若者は、自分が好きで職業を選んでいるのではないということに改めて気づきました。偏差値による受験学力で、自分が合格できそうな大学を選び、それがたまたま教職課程の大学だったという人が多いのです。そういえば、最近のお医者さんも、自分が医学に使命感を持って医学部に入るのではなく、学力が高いから医学部を受けて医者になったという人が多いと聞きました。医者にしても教師にしても、基本には人間が好きという性格がなくては務まらないのではないでしょうか。  今子供…

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首藤隆司歌集より「採点」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第133回(2001年5月15日) 首藤隆司歌集より 答案の珍解答を笑いつつ苦し紛れの心根を思う 答案に落書きしたる似顔絵の我に似たれば丸をくれたり  こんにちは首藤隆司です。  高校では、中間テストが終わった頃でしょうか。テストは生徒も大変ですが、教師も大変です。授業に合わせた問題づくりに、神経をとがらせます。テストが終われば、授業の合間を見ながら採点です。いろいろな解答を、間違いか、それとも何点かやるか迷い、悩みます。答案を家に持ち帰り、深夜まで採点作業をします。無理をするので、私はこの時期、よく風邪を引きました。  しかし、採点作業は辛いことばかりではありません。時々楽しい答案に出会って、思わず大笑いすることもあります。生徒たちは若いだけに、いたずらやユーモアで私たちを楽しませてくれます。笑いながらも、生徒は何とか点を取りたくて、苦し紛れに珍解答を考えたのだろうと、その気持ちが伝わってきます。そういう楽しい間違いは、答案を返すとき、「こんな答えがあったよ」とクラスに報告して、みんなで笑います。  中には、今回なぜ勉強が出来なかったかを弁解し、次回はがんばるから赤点にしないでくれとお願いを書き込んだ答案もあります。私は、返事を書いてやりますが、赤点は赤点です。時間を持てあまして、私の似顔絵を上手に描いたものもあります。その絵には丸をくれても、だからといって点数を増やすわけには行きません。これが入学試験なら、こういう心の…

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首藤隆司歌集より「学力とは」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第132回(2001年5月10日) 首藤隆司歌集より 説明はいいから正解教えてと結論急ぐ生徒ら多し 正解がいくつもあるから嫌いだと国語嫌いの生徒は言えり  こんにちは首藤隆司です。  教育というものは、人類誕生とともに始まったといえるでしょう。いや考えてみると、教育というものは、人間社会にだけあるものではなく、動物の社会にもあるのだから、生命の発生とともに始まったと言ってもよいでしょう。そんなに歴史のあるものでありながら、意外と進歩していないものです。未だに人類は教育問題で混乱し、悩んでいます。私も37年間、公立高校の教師として、国語を教えてきましたが、退職する日まで、いったい国語という教科は何を教える教科なのか、どういう授業がいい授業なのか、悩み続けました。退職して5年目の今でも、その答えは見つかっていません。  今の教育は、大学受験が最終目的になっているので、社会生活で必要な学力と言うより、大学入試問題に正解が出せる学力を付けるのが目的になっています。それへの近道を追求するあまり、理解力より暗記力のある生徒が優秀ということになっています。私は、考える筋道が大事だと思い、授業ではヒントを出しながら生徒に考えさせようとするのですが、生徒たちはじれったがって、正解を早く教えろと言います。また、人生には正解が一つではありません。これも一つの答えだが、こういう答えもあるということが大切だと思うのですが、生徒たちは正解を一つに絞れと…

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首藤隆司歌集より「忙しい人生」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第131回(2001年5月8日) 首藤隆司歌集より 一年生連休明くれば大人びて高校生に見えくるがおかし 人生は忙しいねと少年に言わせる社会に我らは住めり  こんにちは首藤隆司です。  青空の下、新緑が目に優しく、爽やかな風が頬に心地よい季節になりました。あの大雪にうんざりした日々が嘘のようで、何かいい仕事をやりたいという気力がわいてくる毎日です。学校では生徒たちが、やる気に燃えているでしょうか。そうだと嬉しいのですが。  まだ中学生が高校の学生服を着ただけというあどけない高校1年生が、ゴールデンウイークを過ぎて、学校へ現れると、もう高校生という感じになっているのが不思議です。高校へ入学してから1ヶ月。学校に慣れなくておどおどしていた生徒たちが、新しい環境に慣れ、高校生としての自覚も出来、その自信が大人びた顔つきにさせるのでしょうか。  そんな一年生の一人と、図書館で雑談をしていると、「遊んでいられたのは小学校の頃までで、中学からはやらねばならぬ事が多くて、忙しい。人生は忙しいんだね。」と残念そうに話してくれました。この言葉は、私の胸を刺しました。人生80年の時代。そんなに生き急ぐ必要があるのでしょうか。若いときには、いっぱい道草をしてさまざまな経験を積み、ゆったりと心豊かな人生を送るのが幸せだと思うのに、今の子供たちは、よそ見もせず一直線に出世街道を走らせられているようです。いい学校へ入り、一流企業に就職すれば、幸せな人生…

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首藤隆司歌集より「技術教育」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第130回(2001年5月1日) 首藤隆司歌集より 生徒らは我の解き得ぬ難問をコンピューターですらすらと解く 答案を書き終えし生徒と目が合えば自信ありげににっこりとする  こんにちは首藤隆司です。  入学式も終わり、一月たちました。新入生は五月病にかかっていないでしょうか。新しい友達が出来て、学校生活に慣れたでしょうか。  そろそろ中間テストが始まる頃です。工業高校では、専門教科のテストに、ポケットコンピューターを使う問題が出ます。私は国語の教師でしたが、定期テストの時、他の教科の試験監督に行くのが楽しみでした。国語以外の教科のテスト用紙を見て、問題を解いてみるのです。しかし工業の専門教科の問題は、私にはちんぷんかんぷんでした。しかし生徒たちは、ポケットコンピューターのキーをたたきながら、計算をして、答えを書いていくのです。こういうとき、普通高校を出て大学の文学部を卒業した自分が、いかに技術について何も知らないかを思い知らされて、情けなく、技術の基礎を学んでいる生徒たちを尊敬する気持ちになります。定時制の普通科の教師だったときは、他の教科といっても、社会でも理科でも、数学や英語でも何とか理解が出来ました。工業高校へ転勤して、私には全く理解できないことを生徒たちが学んでいるということを知ったのは、私にとってありがたい経験でした。我々教師は、小学校入学の六歳からずっと学校という特殊な社会にしかいないので、つい自分は、学問について…

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首藤隆司歌集より「勉強嫌い」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第129回(2001年4月26日) 首藤隆司歌集より 強制は勉強嫌いを助長せり学ぶ楽しさ生徒は知らず 学問の道は厳しきものなれど生徒にはその楽しさを説く  日本の子どもたちに、「一番嫌いなものは」と聞くと、「勉強」と答える子どもが多いようです。確かに、学者になるための勉強、研究は、緻密で単調で、忍耐力がなければ達成されないものです。しかし小、中、高校で学ぶ勉強は、本来そういうものではなく、普段の好奇心を満たすものであるべきです。幼い子どもが、「お母さん、どうして? ねえ、どうして?」とうるさく質問して、親を困らせる時期があります。あの質問は大切に扱ってやる必要があります。「うるさい」とか「大きくなったらわかるの」と、つっけんどんにしないで、できるだけ丁寧に答えてやり、少し大きくなったら、子ども向けの図鑑や百科事典を買って、自分で調べさせるようにすると、勉強好きの子どもに育ちます。学校でも家庭でも、勉強嫌いの子どもに対して、つい勉強を強制してやらせようとします。それでますます勉強嫌いを助長してしまいます。子どもの好奇心をかき立て、それに沿った学習を進めれば、子どもたちは勉強が面白くて、楽しくてたまらないようになるのです。大人の私たちも、分からないことがあると知りたいし、それが分かると満足感を得ます。出来ないことが、少し努力をして出来るようになると、とても嬉しくなります。  いったん勉強嫌いになった生徒に、勉強の楽しさを体験させる…

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首藤隆司歌集より「高校生」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第128回(2001年4月24日) 首藤隆司歌集より 爽やかな朝日の道を登校の生徒らのろのろ屠所への歩み 朝起きの辛そうな顔多くあり一時間目の授業は重し  こんにちは首藤隆司です。  私は、学校まで歩いて10分ほどのところに住んでいましたので、出勤の途中、登校する生徒たちと一緒になりました。当時、私はもう50歳代の老人、生徒たちは10代の若者です。ところが生徒たちはうつむき加減にのろのろと歩いていて、私の方が生徒たちに「おはよう」と声をかけながら、どんどん追い越してしまいます。生徒たちに元気がありません。喩えが悪くて恐縮ですが、屠殺場へ向かう羊の群のようです。1時間目の授業にでてみると、遅刻者がたくさんいます。眠そうな顔でのろのろと教室に入ってきます。昼休みなどに図書館に来る生徒たちと話していると、生徒たちの気持ちや生活がわかってきました。今の高校生の大部分は、自分が入学したいと思った学校とは違う学校に来ているということ。学校や勉強が嫌いだが、高校ぐらいは出ておかなければと思って、嫌々学校に通っていること。学校に楽しいこと、おもしろいことがあまりないこと。それどころか、いじめがあったり、先生にしかられたり、赤点・落第で脅かされたりで、ストレスがたまる場所であること。家庭では音楽を聴いたり、テレビを見たり、ゲームをしたりでつい夜更かしをし、朝起きるのが辛いこと。朝、起こしてくれる家族がいない生徒もいることがわかりました。両親が朝…

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首藤隆司歌集より 「体罰・いじめ」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第851回(2013年2月12日) 首藤隆司歌集より 説教よりげんこつがいいと言う生徒理性を伸ばせぬ過密教育 全日制をやめさせられて来し生徒の不信の眼差し解くが我が仕事  こんにちは首藤隆司です。  今、学校教育は、自殺事件を引き起こすいじめと体罰で注目を浴びています。私は1942年(昭和17年)国民学校に入学しました。1959年(昭和34年)大学を卒業し、高校の教師になり、1996年(平成8年)六〇歳になって退職するまで54年間、人生の大半を学校で暮らしました。そしていじめや体罰を体験したり見聞きしてきました。  戦争が終わるまではいじめや体罰を体験しました。私は空襲で家がなくなり、父の故郷へ疎開をしました。田舎の子どもたちにとって、都会から疎開してきた子どもは言葉や服装が違い、考え方も違って仲間にしたくない存在だったのか、仲間はずれにされたり、理由もなく殴られたりしました。学校の先生も、生徒が言うとおりにしないと並ばせてほっぺたを平手で叩いたりしました。そういう先生の姿に恐怖を感じました。自分たちが悪いことをしたなあという反省より、怖いから先生に見つからないようにしようということだったと思います。  戦後になってからは私はいじめられたことはないですが、知的障害のある子や、気の弱い子が馬鹿にされる光景はよく見ました。しかし今のようにくり返ししつこくいじめるということではありませんでした。先生が生徒を殴るということは時々…

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首藤隆司歌集より「実習着」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第126回(2001年4月17日) 首藤隆司歌集より 実習着まとえば生徒もいっぱしの技術者と見ゆ颯爽と行く 製図台巧みに操作し設計図引きゆく生徒に技術者の自信  こんにちは首藤隆司です。 普通高校の教師生活が長かった私にとって、工業高校へ来て目新しい光景がたくさんありました。そのうちの一つが、実習着です。登校して普通の授業を受けるときや下校のときは、見慣れた黒の学生服ですが、実習の授業の時は実習服に着替えます。学年によって、紺、またはカーキ色の工員が着る作業服です。帽子もかぶり、足にはつま先に鉄板の入った安全靴を履きます。休憩時間になると、次の実習の授業に備えて、生徒たちは実習服に着替え、実習工場へ移動します。そういう生徒の集団が廊下ですれ違います。学生服の生徒は普通の高校生ですが、実習服に着替えた生徒たちは、少し大人びて、工場で働く若き技術者のように、頼もしく見えます。1年生の実習服姿は、真新しくていかにも新米という感じですが、3年生ともなると、実習服も洗いざらしで油のシミもあり、いかにも熟練工という感じに見えます。  国語の教師であった私も、時に自習監督で製図の授業を見に行くことがありました。製図室にはプロが使う大きな製図台がすらっと並んでいて、生徒たちは慣れた様子で、製図用具を使いこなし、きれいに設計図を書いていきます。そんな様子を見ていると、私にはできない仕事を生徒が立派にやることに尊敬の気持ちを持ちました。普通…

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首藤隆司歌集より「生徒の将来」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」第125回(2001年4月12日) 工業高校に入りたる生徒自らの行く末見えしと作文に書く 不本意にこの学校に来し生徒多くて授業に居眠りやまず  こんにちは首藤隆司です。  工業高校には、工業が好きな子どもが来ているのだとばかり思っていました。私は転勤した年、学校図書館の係りになり、昼休みや放課後は図書館にいました。すると、本の好きな生徒が集まってきます。そんな生徒たちと話し合っていると、文学の好きな子や、美術の好きな子など、いろんな個性を持った生徒が多いことに気づきました。生徒たちの話から、工業が好きで工業高校に来たわけではないことを知りました。中学の先生との話し合いで、自分が受かりそうな学校が三条工業だったというのです。まだ若くて柔軟な頭脳なので、自分が選んだ勉強でなくても、教えられれば興味を持って勉強します。そういう適応性のある生徒は、それなりに学校にとけ込んでいき、工業高校の生徒になっていきます。しかし工業の学科になじめない生徒は、だんだんと学校に疑問を感じ、授業中は居眠りをしたり、拒否反応を起こし、やがて学校をやめていく生徒もいます。3年生の途中で、やっぱり工業高校を選んだのは間違いだったと、退学していく生徒もいました。  困ったことに、日本には学歴社会の神話が生きていて、いわゆるいい学校に入らないと幸せな人生が送れないという間違った常識がまかり通っています。そして、誰も大きい声ではいわないが、学校の順位が決まっていて、工業高…

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首藤隆司歌集より「全日制へ転勤」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第124回(2001年4月10日) 首藤隆司歌集より 夜学勤め長かりし我はナイターのテレビ中継罪のごとく見る 三十年夜学教師をせし我は生徒の見方同僚と合わず  こんにちは首藤隆司です。  夜間定時制の教師から、29年ぶりに全日制の高校教師に変わった私の日常生活は、すっかり変わって、戸惑うこともいろいろとありました。例えば夕食です。日曜日以外は夜の勤務ですから、家族そろって食べるということがありませんでした。結婚前からの29年間ですから、思えば子供達との団欒はありませんでした。お酒は寝る前に飲んでいたので、夕食時の晩酌というのも新鮮でした。風呂も夕食前、明るいうちに入るのはいい気持ちでした。  テレビも夜の番組は見られませんでした。ウイークデーの夜、野球のナイターを見ていてふと、今頃定時制の生徒達は授業中だなと思うと、何か自分一人悪いことをして、申し訳ないような気がしました。  工業高校の生徒達は、定時制の生徒に比べるとおとなしく素直で、学力も高いと思いました。しかし工業高校の先生方に言わせると、怠け者で言うことを聞かない困った生徒ということでした。生徒をどう見るか、先生方とよく論争をしました。先生方と生徒との関係を観察していると、教師と生徒は身分が違い、生徒は教師の言うことを聞いていればいいのだという感じでした。わたしは、教師と生徒は仲間で、お互いに要求を出し合い話し合えばいいと思っていました。そういう関係がよいということ…

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首藤隆司歌集より「女生徒」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第123回(2001年4月5日) 首藤隆司歌集より 七百の男子生徒に交じりいて工業学ぶと女生徒一人 工業を学ぶ生徒らけれんなくコンピューターを御して頼もし  こんにちは首藤隆司です。  夜間定時制高校から全日制の工業高校に転勤してきて、いろいろと珍しいこと、新しいこと、面白いことに気づきました。  まずは生徒の人数の多さです。これまで100人前後の学校から、700人の学校に来たのですから、数に圧倒されました。新任式で講堂の壇上に立ったとき、700人の真っ黒な学生服の集団は何か異様な威圧感がありました。  700人の生徒の中に、たった一人セーラー服の女生徒がいたということも驚きでした。その女生徒が、男子生徒の中で案外のびのびと生活し、周りの男子生徒もあまり女生徒を意識せず行動している姿に、現代の若者だなあと感心しました。  私は子供の時から好奇心が強く、新しいもの、機械などに関心があり、コンピューターも早々と買い込んで使っていましたが、さすが工業高校には、コンピューター室があり、最新式のコンピューターがずらりと並んでいる教室には感動しました。生徒たちは、全員がポケットコンピューター(略称ポケコン)という、片手で持てる小さなコンピューターを持ち、それを工業の授業で使いこなしていました。私も早速工業の先生からポケコンを譲っていただいて、使い始めました。電卓よりも複雑な計算が出来て、便利なものです。私などはコンピューターというと…

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首藤隆司歌集より「生徒を守る」

燕三条FMラヂオはーと番組『首藤隆司歌集より」 第122回(2001年4月3日) 首藤隆司歌集より 教育とは子供を愛することなりと教職二十九年の単純なる結論 ちっぽけな誇りなれども権力にこびず生徒を守り生き来し  こんにちは首藤隆司です。  私が教師になった1960年ごろは、定時制の教師になり手があまりありませんでした。定時制や僻地を希望する教員があまりいないので、県教育委員会と教員組合が相談して、定時制や僻地を3~4年経験すれば自分の希望地へ転勤できるようにしました。そうなると定時制や僻地では3~4年で教師が入れ替わってしまう弊害が出てきました。私は定年まで三条高校の定時制にいるつもりでいました。ところが教師生活29年目に、校長から申し訳なさそうに異動の話がありました。県教育委員会から、同じ学校で30年以上勤務することは許せない、どうしても異動してほしいと強く言ってきたということでした。一度は断りましたが、再度言われ、さらに三条工業高校の校長から、ぜひ我が校へ来てほしいと要請されて、やむなく転勤を了承しました。1988年、昭和63年のことでした。  そのころ、ツッパリとか、番長、家庭崩壊などということが言われ、教師に対する暴言、暴力なども、あちこちで問題になっていました。私は、29年間の教師生活で、一度も生徒に体罰を与えたことがありませんでしたし、生徒から暴言、暴力を受けたこともありませんでした。それは、私が生徒たちを愛し、いつも生徒と父母の利益を守る立場に立っていたか…

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首藤隆司歌集より 「我が命令」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第845回(2012年12月25日) 首藤隆司歌集より 俺よりも先に逝くなの我が命(めい)を破る教え子ポツポツとあり  こんにちは首藤隆司です。  最近、私の教え子が2人亡くなりました。1人は70歳代、もう1人は60歳代でした。思い返してみると、教え子の10人以上が亡くなっています。在学中に交通事故で亡くなった生徒もいます。  教え子というのは自分の子どものようなものですから、先に逝かれるととてもつらいものです。在学中に交通事故で亡くなった生徒は、意識不明のまま1週間ほど入院していたものですから、毎日のように生徒たちと病院へ行き、病状に一喜一憂しながら見守っていましたが、ついに逝ってしまいました。その時の生徒たちが卒業するとき、私は一つの命令を出しました。それは「俺より先に死ぬな」と言う命令でした。生徒たちは笑って、その命令を守ると言ってくれました。それ以後、卒業式の度に、生徒たちにこの命令を伝えてきました。  しかし悲しいかな、この命令を破る教え子がその後も出ています。もちろん教え子たちも、この命令を破りたくて破るわけではないので、私の命令が無理なものなのですが、私としてはどうしても守って欲しいし、教え子たちも守りたいと思ってはいるのです。  こういう世の中ですから、ガンや心臓病などの成人病も多いし、交通事故、職場の状況がきつくて自殺した教え子も何人かいます。私は今76歳で、日本人男性の平均寿命に近づいています。だから…

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首藤隆司歌集より「定時制高校生」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第119回(2001年3月22日) 首藤隆司歌集より 引き算のできぬ生徒を雇いくれし店主の愚痴を謹みて聞く 辛きことあると思うに夜学生職場のことをおどけて話す  こんにちは首藤隆司です。 定時制高校の特徴は、生徒に職場があるということです。働きながら学ぶということは、確かに大変な状況で、勉強するのには不利だと思えます。しかし実際は、有利に働いています。その一つは、昼間働いていることが、学習の意欲をかき立てているということです。労働の中でいろいろな疑問が生まれ、それを学びたいと思ったり、まだまだ勉強不足だということに気づき、もっと勉強したいと思うことがあります。もう一つは、職場の人々の励ましや協力があるということです。また、職場で生徒たちは社会的常識を身につけるということもあります。入学したときは、幼稚でわがままだった生徒が、どんどん大人になるということもあるのです。  私の勤めていた定時制高校では、年一回「雇用主懇談会」を開き、学校と職場の連携を保つようにしていましたし、我々教師は、生徒の職場を訪問し、雇用主の方と話し合いました。そんな中で、学校で見せる生徒の姿と職場で見せる生徒の姿が違うことを発見したり、教師が知らなかった生徒の良さを、職場の方から教えられることもありました。我々教師は、ついつい生徒の欠点を気にするのですが、職場の方々は生徒の長所を伸ばそうとしていることに感銘を受けました。また、生徒たちは職場では一番下…

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首藤隆司歌集より「定時制の実態」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第118回(2001年3月15日) 首藤隆司歌集より 「やめてやる」と飛び出でし生徒翌日は照れ笑いして教室にいる 壮絶なドラマ生みつつこの一年退学二十六パーセント定時制の現実  こんにちは首藤隆司です。  いよいよ3学期も終わりです。定時制の教師をしていた頃は、3学期の終わりになると、1年間を思い返してため息が出ました。途中でやめていった生徒の顔を思い出すのです。それも一人、二人ではないのです。  生徒たちが定時制高校に入学して来るまでには、それぞれ大変な葛藤を経ています。初めから私は定時制に進学するのだと決めていた生徒はほとんどいません。初めはどこかの全日制高校へ進学するつもりでした。中学3年生になり、いよいよ進路志望を決める段になって、全日制はどこも無理だと言われ、あるいは進学は無理だから就職か訓練校へと言われて、定時制の1次試験を受けに来たとか、全日制の高校を不合格になって定時制の2次を受けに来たとか、全日制の高校で不登校になったとか、事件を起こして退学したという生徒が編入してきます。生徒には、定時制高校は自分が来たくて選んだ学校ではないという意識があります。その上、昼間働いて、夜みんなが遊んだり休んだりしている時間に、大嫌いな勉強をするのです。それが4年間続きます。これは大変なことです。皆さんならやり遂げられますか。私は自信がありません。  しかし、だからこそ私は何とかして生徒たちを卒業させたいと願っていました。生…

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首藤隆司歌集より「卒業式後」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第116回(3001年3月8日) 首藤隆司歌集より 卒業し生徒のいない教室に来て机など動かしてみる  こんにちは首藤隆司です。  高校の卒業式たけなわの時期です。今日もどこかの高校で卒業式が行われたでしょうか。  卒業生の担任は、卒業式までは忙しく、脚光を浴びて輝いていますが、卒業式が終わってしまうと魂が抜けたようになってしまいます。  昨日まではにぎやかでうるさかったクラスの生徒が、突然いなくなり、授業時間も減り、毎日のショートホームルームもなくなり、教室の清掃の点検もなくなります。下級生の担任が生徒たちに取り囲まれて、忙しそうに楽しそうにしているのを見ると、うらやましくなってきます。何だか自分が学校には不必要な人間に思えて、ひがんだ気持ちになります。昨日まで仲良くつき合っていた恋人に突然逃げられ、胸にぽっかり穴があいたような、あの失恋のやるせない気持ちです。  そんな時、生徒のいなくなった教室に行ってみると余計寂しさが募って、机の整頓などをしてみても、何かむなしい気持ちになります。  やはり教師は、にぎやかな生徒に取り囲まれて、「うるさいぞ。静かにしろ」などと怒鳴っている時が、一番幸せのようです。 卒業し生徒のいない教室に来て机など動かしてみる 夏休みに戦争が終わった 国民学校生徒の日記 (単行本・ムック) / 首藤隆司/著CD&DVD NEOWING★書籍商品の購入に関するご注意コチラ↓より、初回盤・…

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首藤隆司歌集より「雪晴れの卒業式」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第114回(2001年3月1日) 首藤隆司歌集より 雪晴れの今日の青空卒業の贈り物ぞと生徒らに言う 不登校七年掛かりて高校を卒えし生徒が握手を求め来  こんにちは首藤隆司です。  もう3月だとはいえ、まだまだ越後は雪です。卒業式の日は晴れてほしいと思いますが、皮肉なことに吹雪で荒れることが多いのです。在校生の送辞、卒業生の答辞の書き方を指導するとき、始めの言葉に季節や天候のことを書くことが多いのですが、これがなかなか難しい。晴れたときと荒れたときの二つを用意したり、どちらにも通用するような表現にしたり、在校生、卒業生代表の生徒といっしょに苦心します。だいたいは、「春とはいえ、まだまだ厳しい寒さがつづく」と言って、今のきびしい世相に話をつなげていくことになります。  たまには、素晴らしい雪晴れの卒業式になることがあります。そんなときは、教室に待つ卒業生に、「今日の青空は、私から君たちへの卒業の贈り物です」と冗談を言って、生徒たちの緊張をほぐしてやります。  ある年の卒業生に、不登校で苦しんだ生徒がいました。全日制の進学校で不登校になり、閉じ籠もりや家庭内暴力を経験し、定時制に転校して来たものの、1年間不登校を続け、結局7年かかって卒業式を迎えることが出来ました。卒業式が終わり、満場の拍手の中を退場していく卒業生の中から彼は私の所に駆け寄って、握手の手を差し出しました。彼はとてもいい笑顔をしていました。その笑顔を見た瞬間、握手…

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首藤隆司歌集より「卒業の教室」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」 第113回(2001年2月27日) 首藤隆司歌集より 卒業の教室飾る桜草の鉢一つ買いぬ雪の朝市  こんにちは首藤隆司です。  まだ雪が残り、寒さも厳しいですが、2月が終わり、もうすぐ3月です。新潟県ではまだ実感がありませんが、弥生3月といえば心ほのぼの春が来たという気持ちになります。高校の卒業式が目前です。今の時期、朝市へ行くと花屋さんのコーナーには春の花がいっぱいで、いい匂いがします。私はクラスを担任すると、一年中教卓の上に花の鉢を飾っておきます。始めのうちは花にいたずらをする生徒がいますが、ずっと飾り続けていると、花の世話をする生徒も出てきます。そうやって定時制の4年間で、花を愛する心を持った人間に育ってほしいと思ってきました。  いよいよ卒業式を迎える教室には、桜草がよく似合います。いかにも春が来たという明るい色のやさしい花で、いい匂いがします。桜草は次々と蕾を出し、長持ちする花です。新学期に新入生を迎える教室にも飾れます。その花の鉢をまだ雪の残っている朝市へ買いに行きます。桜草は種類が多く、花の色もたくさんあって迷ってしまいます。結局は卒業のおめでたい色として赤い花を買ってきました。 卒業の教室飾る桜草の鉢一つ買いぬ雪の朝市

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