(246)私の好きな近代短歌

せまりいる飢餓を思うとき額よりまなぶたより汗のしたたりやまず      岩間正男  国民に迫っている飢餓を思うと、国民の代表として国会議員をしている自分の重い責任を感じ、額から瞼から汗がしたたって止まらない。  戦時中も食糧難だったが、戦後になると政府の無策や悪徳商人の暗躍もあり、ますます国民は飢餓にさらされる。一方では、軍用品を隠匿して横流しをしたり、法律の網をくぐって闇物資を売買してぼろ儲けをするにわか成金もいた。  幾万枚の紙幣というを積みかさね尺もて計るしぐさとぞ聞く  計画欠配を告ぐるラジオの声洩れくるバラックの低きトタン屋根より  朝すでに汗ばむ顔を寄せ合いて電車の中に息こらしいる

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万葉集全釈(483)

四八三 朝鳥(あさどり)の音(ね)のみし泣かむ我妹子(わぎもこ)に今また更(さら)に逢ふよしをなみ 声に出して泣こう。私の妻に今更にまた逢う方法がないのだから。 朝鳥の=音の枕詞 よし=方法 右の三首は、七月二〇日に高橋朝臣が作った歌である。苗字はよく分からない。奉膳(かしはでのかみ)に命ぜられた男である。 奉膳=宮中の料理人

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首藤隆司の童謡・唱歌「蛍の光」

燕三条FMラジオハート番組「首藤隆司の童謡・唱歌」バリトン独唱 首藤隆司 第486回(2018年12月27日) 首藤隆司の童謡・唱歌  こんにちは首藤隆司です。  いよいよ今年も終わります。大企業は歴史上最高の利益を上げたようですが、我々庶民の不景気は回復しませんね。あなたにとっては幸せな年だったでしょうか。来年こそ、世界中の人々にとって、平和で幸せな年でありますようにと、祈らずにはいられません。  今日は、2018年(平成30年)を送るために「蛍の光」を歌いましょう。曲はスコットランド民謡の「オールラングサイン」で、世界中で別れの曲として歌われています。日本語の歌詞はだれが作ったか分かっていません。1881年(明治14年)の「小学唱歌集」に載せられてから、140年近く日本の学校で卒業式の歌として歌いつがれてきました。それでは、インフルエンザに気をつけて、よいお年をお迎えください。

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(245)私の好きな近代短歌

どた靴の組と呼ばれつつ議員われ今日新しき靴をもらいぬ   岩間正男  国会内では「どた靴組」と呼ばれている私に、今日新しい靴が支給された。  終戦直後は物資不足で、革靴などは貴重品だった。戦時中に兵隊に支給されていた軍靴は「どた靴」と呼ばれていた。労働者から支持されて当選した議員たちは、貧しい身なりで「どた靴組」と呼ばれていた。議員の品位を保つために、議員全員に新しい靴が支給された。岩間は、満員電車に乗って国会へ通った。  混み合える電車の中に新しき靴をはけるが俄かにさびし  電車の中でふまれた靴をそのままに緋の絨毯を今は踏んでゆく  リュックサック背負える老婆と汗臭き四五本の手がすがる一つ吊皮に

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万葉集全釈(482)

反歌 四八二 うつせみの世の事なれば外(よそ)に見し山をや今はよすかと思はむ 無常なこの世の事なので、これまで関係ないと思っていた相良山を今は妻を思う縁と考えよう。 うつせみの=世の枕詞

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(244)私の好きな近代短歌

目をさえぎる物とてもなき廃墟の上国会議事堂のありて聳ゆる   岩間正男  目をさえぎる物もない廃墟の上に、国会議事堂がそびえ立っている。  米軍の空襲によって、一面の焼け野原になった東京の中心に、焼け残った国会議事堂だけがそびえ立っている様子を、ありのままに描いた短歌で、高層ビルに取り囲まれている今では想像も出来ない風景である。戦前は衆議院と貴族院で構成された国会が、一部特権階級の専有物として国民の上に君臨していたものを、岩間たちは庶民の代表として国会に乗り込んで行った。共産党は少数政党で「一服の清涼剤」と評された。  一服の清涼剤となるなかれ逞ましき政治力をわが思うときに  議院づとめの疲れをもちて帰りくる少女らにやさしきことばかけてな

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万葉集全釈(481)

死んだ妻を悲しんで高橋朝臣(たかはしのあそみ)が作った歌一首と短歌を添えた 四八一 白たへの 袖さし交(か)へて なびき寝し わが黒髪の ま白髪(しらか)に なりなむ極(きは)み 新(あら)た世に ともにあらむと 玉の緒の絶えじい妹(いも)と 結びてし ことは果たさず 思へりし 心は遂げず 白たへの 手本(てもと)を別れ にきびにし 家ゆも出でて みどり子の 泣くをも置きて 朝霧の おほになりつつ 山背(やましろ)の 相良山(さがらやま)の 山のまに 行(ゆ)き過ぎぬれば 言はむすべ せむすべ知らに 我妹子(わぎもこ)と さ寝しつま屋(や)に 朝(あした)には 出で立ち偲(しの)ひ 夕べには 入り居(ゐ)嘆(なげ)かひ わき挟(ばさ)む 子の泣くごとに 男(をとこ)じもの 負ひみ抱(むだ)きみ 朝鳥の 音(ね)のみ泣きつつ 恋ふれども 験(しるし)をなみと 言問(ことと)はぬ ものにはあれど 我妹子(わぎもこ)が 入りにし山を よすかとぞ思ふ 袖を交わし心通わせて一緒に寝、私の黒髪が真っ白になる際まで、新しい世を一緒にすごそうと、生きていた妻と約束したことを果たさず、思っていたことも遂げず、私のそばを離れ、慣れ親しんだ家からも出て、赤子が泣いているのも置いて、朝霧のようにぼんやりとなりながら山城の相良山の山の間に行ってしまったので、どう言えば良いか、どうすれば良いか分からないで、妻と寝ていた家を朝は出て偲び、夜には入って座って嘆き、脇にいる子が泣く毎に男だが背負ったり抱いたりして、声に出し…

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首藤隆司の童謡・唱歌「ペチカ」

燕三条FMラジオハート番組「首藤隆司の童謡・唱歌」バリトン独唱 第485回(2018年12月13日) 首藤隆司の童謡・唱歌  こんにちは首藤隆司です。  いよいよ押し詰まってきました。今年はあなたにとってどんな年だったでしょうか。よかった方も、悪かった方も、来年こそは幸せな年にしたいものですね。外は寒いですが、せめて家の中は家族仲良く暖かい家庭でありたいものです。今日は北原白秋作詞、山田耕筰作曲の「ペチカ」を歌いましょう。この歌は、1924年(大正13年)に、当時日本が植民地としていた中国東北部の「満州教育会」の要請で、作られました。「ペチカ」というのはロシアの暖房装置で、石炭を燃やして壁や床を暖めるものです。山田耕筰は、後で「ペチカ」のロシア語発音は「ペイチカ」だと知って、歌手たちに「ペイチカ」と歌えと指導しました。今日は最後の5番だけ「ペイチカ」と歌ってみます。

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万葉集全釈(480)

四八〇 大伴の名に負ふ靫(ゆき)帯びて万代(よろづよ)に頼みし心いづくか寄せむ 大伴家の名を背負った矢入れを身につけた皇子を、後の世までもと頼りにしていた心を、これからはどこに寄せればいいのだろうか。 靫=矢を入れて担ぐ武具  右の三首は、三月二十四日に作った歌である。

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(243)私の好きな近代短歌

昼暗き院の廊下に目をこらしあくなくも思うせまれる飢えを   岩間正男  昼も暗い参議院の廊下に目をこらしながら、国民に迫っている飢餓のことをいつも思っている。  正男が参議院議員になった一九四七(昭和二二)年といえば、日本の食糧事情が一番悪くなった時で、配給とは名ばかり、遅配、欠配が当たり前だった。食糧統制令で、配給以外の米の売買は禁じられていたが、それを守っていては飢え死にする。事実、ある裁判官が法を守って餓死し、ニュースになった。  配給の食とぼしくて街まちに迫りいるものを青葉はつつむ  あたふたと今日もがれきの街を行き疾(やま)しき童(こ)らがひとみにぞあう  白き米掌に受けつつ量感を冷やびやと愛づ光る粒つぶ

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万葉集全釈(479)

反歌 四七九 愛(は)しきかも皇子(みこ)の命(みこと)のあり通(かよ)ひ見しし活道(いくぢ)の道は荒れにけり いとおしいことだなあ。安積皇子がいつも通って見ていた活道山の道は荒れ果ててしまった。 愛し=いとおしい かも=詠嘆 にけり=~してしまった

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首藤隆司の童謡・唱歌「叱られて」

燕三条FMラジオハート番組「首藤隆司の童謡・唱歌」バリトン独唱 首藤隆司 第484回(2018年11月22日) 首藤隆司の童謡・唱歌  こんにちは、首藤隆司です。  今日は、秋の夕べの寂しさ、哀しさを歌った「叱られて」を歌います。もっとも、歌詞には秋とは書かれていません。2番の歌詞に「花の村」とあるので、春のようでもありますが、「ほんに花見はいつのこと」とあるので、私は勝手に秋の終わりだと思いました。作詞は清水かつら、作曲は弘田竜太郎で、1920年(大正9年)「少女号」4月号に発表されました。

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