首藤隆司の童謡・唱歌「揺籃のうた」

燕三条FMラジオハート番組「首藤隆司の童謡・唱歌」バリトン独唱 首藤隆司 第496回(2019年5月23日) 首藤隆司の童謡・唱歌  こんにちは首藤隆司です。  八百屋さんの店先に「枇杷」が並んでいます。枇杷の実を見ると、私は「揺籃のうた」を思い出します。2番の歌詞に「枇杷の実が揺れるよ」とあるからです。3番の歌詞にある「木ねずみ」というのを、ねずみが木に登るのかと思っていました。40年ほど前、コーラスでこの歌を練習していたとき、何か変だなと思って辞書を引いてみたら、栗鼠のことだと分かりました。作詞は北原白秋、作曲は草川信で、1921年(大正10年)雑誌「小学女生」に発表されました。子どもには子どもらしい文化をという運動のなかで生まれた名曲です。

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私の好きな現代短歌(252)

「社会党書記長個人」ということば混迷の世の流行語となる   岩間正男 「社会党書記長個人」という言葉が、混迷の社会の流行語になっている。  一九四七(昭和二二)年の総選挙で第一党になった社会党委員長片山哲が内閣を作ったが、社会党の内紛から内閣を維持できなくなり、副総理で民主党総裁の芦田均に内閣を禅譲した。その芦田内閣副総理で社会党書記長の西尾末廣が、昭和電工から賄賂をもらっていたことが発覚して芦田内閣が倒れ、吉田茂の長期政権が生まれることになる。その事件の時、西尾は「社会党書記長個人」と言う発言をして、国民を怒らせた。政治家は何時の時代にも恥知らずな自己弁護を試みて、国民の政治不信を招く。  逞ましき面魂(つらだま)なりしかしゃあしゃあとかかる邪しまも構えいたりき

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万葉集全釈(490)

吹芡刀自(ふぶきのとぢ)の歌二首 四九〇 真野(まの)の浦の淀の継橋(つぎはし)心ゆも思へや妹(いも)が夢(いめ)にし見ゆる 真野の浦の淀み掛かる継ぎ橋のように、続けて心に懸けてくれているからだろうか、あなたが夢に見えるのは 刀自=年配の女性の尊称 継橋=板をつないだ橋 ゆ=~によって や=疑問 し=強め 夢に見えるのは、相手が私を思っているからだと古代の人は信じていた。

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首藤隆司の童謡・唱歌から「鎌倉」

燕三条FMラジオハート番組「首藤隆司の童謡・唱歌」から「鎌倉」 バリトン独唱 首藤隆司 第495回(2019年5月9日) 首藤隆司の童謡・唱歌  こんにちは首藤隆司です。  すっかりいい季候になり、旅に出かけたくなりますね。鎌倉へ出かけてみませんか。今日は、年輩の方には懐かしい文部省唱歌「鎌倉」を歌いましょう。歌詞は東京帝国大学教授の芳賀矢一が、小学6年生の国語教科書、「読本六」に書いたものです。作曲者はまだ分かっていません。1910年(明治43年)発行の「尋常小学唱歌」に発表されました。昔はこの歌のように歌詞で事柄を説明していく叙事詩のような歌がありました。4番に出てくる大銀杏は、源実朝を暗殺した公卿が身を隠していた銀杏と言われる天然記念物でしたが、2010年3月の大風で倒れてしまいましたね。残念です。今日はがんばって、8番まで全部歌います。

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私の好きな現代短歌(251)

引揚げ船いくつか還るそが中にもしや弟がと思うしばしば    岩間正男  引き揚げ船がいくつか還ってきたが、その中にもしや弟が元気でいるのではないかと、度々思う。   一九四五(昭和二〇)年秋、南洋や大陸に派遣されていたたくさんの兵隊や民間人が、船で日本に引き揚げてきた。その船を引き揚げ船と呼んでいた。正男の弟は徴兵されて南洋の方へ派遣されていたが、まったく音信不通だった。しかし一九四七(昭和二二)年、戦死の公報がはがきで届いた。  「二月十日比島ピナッポ山麓に戦死す」と伝えしのみの短き葉書  おおよそのあきらめ心と若しやという愚か心がわれを待たせし  ふと止まるわれの歩みや弟は二年前すでに比島に戦死せり

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万葉集全釈(489)

鏡王女(かがみのおほきみ)が作った歌一首 四八九 風をだに恋ふるはともし風をだに来むとし待たば何か嘆かむ たとえ風だけでも恋するとはうらやましい。風だけでも来ると思って待っているのなら、何を嘆くことがあろうか。 だに=たとえ~だけでも 恋をしていない自分を嘆いている歌。

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首藤隆司の童謡・唱歌「さくら」

燕三条FMラジオハート番組「首藤隆司の童謡・唱歌」バリトン独唱 首藤隆司 第493回(2019年4月11日) 首藤隆司の童謡・唱歌  こんにちは首藤隆司です。  各地の桜だよりがうれしい4月です。もうお花見の計画はお決まりですか。私はいつも、自転車に乗って通りがかりの燕市体育館、児童公園の桜を横目に見るだけでお花見は終わりです。満開の花の下でお酒を飲んで歌を歌うような花見は、若い方々にお任せします。今日は、作詞者、作曲者共に不明の歌「さくら」を歌います。この歌は大昔から伝わった歌だと思われていますが、実は1888年(明治21年)東京音楽学校発行の「箏曲集」に載せられました。お琴を勉強した人はご存じですが、琴の弦を順番に引くとこのメロディーになります。お琴の練習曲として作られたもののようです。今は小学4年生の教材として歌われています。今日は、山田耕筰の編曲で歌います。

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万葉集全釈(488)

額田王(ぬかたのおほきみ)が、近江天皇(おほみのてんおう)を思って作った歌一首 四八八 君待つと我(わ)が恋ひをれば我がやどの簾(すだれ)動かし秋の風吹く あなたのお出でを待って私が恋しく思っていると、我が家の簾を動かして秋風が吹きます。 君=天智天皇

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私の好きな現代短歌(250)

井戸水に豆腐を冷やし妻の待つ夕餉というに帰り来にけり かにかくに年祝ぎせんとひと握りのごまめは妻のもとめ来しもの たどたどし子らが書きたる手紙にて「かずの本を下さい、机も下さい、腰かけも下さい」                                     岩間正男  たどたどしく子どもたちが書いた「数の本をください、机もください、腰かけもください」という手紙が届いた。  戦争で校舎も机や椅子、教科書も文房具もない子どもたちは、国会議員に手紙を書いた。「早くこんなさむい教室で勉強しないでもいいようにしてください」という手紙もあった。教員組合出身の正男はそれを採り上げ、各地で六・三制予算獲得の運動が起こり、子どもたちも街頭で意見を発表した。  爆破されし教室の屋根がそのまま雪ぐもりの空に続けるという  炎天に子らが一途の声徹り教育再建を祈るように言う  メガホンもてさけぶ童の額よりしたたり光る汗は見にけり

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首藤隆司の童謡・唱歌「春よ来い」

燕三条FMラジオハート番組「首藤隆司の童謡・唱歌」バリトン独唱 首藤隆司 第491回(2019年3月14日) 首藤隆司の童謡・唱歌  こんにちは首藤隆司です。  3月とは言っても、まだまだ寒い日が続きます。子供たちも早く春が来ないかなと待っています。今日は、その気持ちをそのまま歌った「春よ来い」を歌いましょう。作詞は糸魚川生まれの相馬御風、作曲は弘田竜太郎です。1923年(大正12年)児童雑誌「銀の鈴」に発表されました。歌に出てくる「みいちゃん」は、御風の長女、文子さんのことで、「ジヨジョ」というのは草履のことを言う幼児語でしょう。相馬御風は、早稲田大学の校歌を始め、日本全国の、たくさんの学校の校歌を作詞したことでも有名です。皆さんの卒業した学校の校歌はどうでしたか。三条東高校の前の校歌も御風が作詞しています。短い歌なので、2度歌います。  

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万葉集全釈(487)

四八七 近江路(あふみぢ)の鳥籠(とこ)の山なる不知哉川(いさやがわ)日(け)のころごろは恋ひつつもあらむ 近江路の鳥籠山を流れるいさや川の「いさ」のように、どうなるか分からないが、しばらくは恋しく思いながら過ごすのでしょう。 いさ=さあどうなるか分からない 日のころごろ=しばらく 右の歌は、考えてみると、高市崗本宮、後崗本宮と、二代二帝の違うものがある。単に崗本天皇とだけ称するのは、まだどちらを指すものかはっきりしない。

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(249)私の好きな近代短歌

百合一輪買い来て妻が瓶にさす奢りといわば言うを得べきか   岩間正男  この食糧難の時代に、妻が一輪の百合を買ってきて、瓶に生けてある。贅沢というならそうかも知れない。  庶民はみんな食糧をどうして手に入れようかと必死の時代、花を買ってきて飾るなどは贅沢な話だった。しかし岩間夫妻はそんな生活の中でも、美を愛する気持ち、心のゆとりを失いたくなかった。その精神が、正男の国会活動でも、教育・文化の重視に現れていた。  子どもたちが大好きだったが、自分たちの子どもには恵まれなかった岩間夫妻は、何時までも水入らずの仲の良い夫婦だった。

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万葉集から「令和」

万葉集第五巻 梅花の歌三十二首 序 天平二年正月十三日、帥(そち)の老の宅に卒(あつ)まるは、宴会を申(の)ぶるなり。時に初春の令(よ)き月にして、気淑(よ)く風和み、梅は披(ひら)く、鏡の前の粉を、 天平二年正月十三日、太宰の帥の老(大伴旅人)の家に集まるのは、宴会を開くのである。時は初春の良い月で、空気も良く、風はやわらかで、梅が鏡の前の白粉のように白く花開き、 この序は大伴旅人が書いたのではないかと言われている。 令=良い 清い 美しい 

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