首藤隆司歌集より 「短歌の極意」

燕三条FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」



第836回(2012年10月23日)
首藤隆司歌集より

焦点を絞り蛇足を削り取る短歌の極意知りてはおれど

 こんにちは首藤隆司です。
 私が文学好きになったのは、幼い頃の環境のせいだと思います。父も母も文学好きで、私の周りに文学書がたくさんありました。小学2年生ぐらいから、夏目漱石や芥川龍之介の小説を読んでいました。昔の本は、総ルビといって全部の漢字にふりがなが付けてありましたから、小学生でも読むことが出来ました。父、母、兄が小説の話をしていると、よく分かりもしない私も会話に加わりました。当時、父が購読していた「改造」という雑誌にも、林房雄などの小説が載っていました。私が「改造」を枕元に置いて寝ていると、夜遅く職場から帰ってきた父が、「変な子どもだなあ」と言って笑っていたと、後で母から聞いたこともありました。小学校の頃から、本の朗読と作文は先生に褒められていました。
 高校時代から詩を書き始め、詩人と童話作家になりたいと思っていました。30歳を過ぎて詩が書けない時期があり、その時から短歌も始めました。友人に、田中要さんという短歌の大家がいて、そのおだてに乗って詩と短歌の二足の草鞋を履いてしまいました。
 詩も短歌も、焦点を絞り、無駄を省くということでは同じですが、無駄を省くことに関しては、短歌の方がずっと厳しいのです。詩は、短歌に比べると少し説明をする部分を必要とします。私は詩の癖が抜けなくて、短歌の時も、つい説明をしようとしてしまいます。40年以上、短歌の仲間からその欠点を指摘され続けているのですが、なかなかその癖が克服できません。
 今、短歌結社はどこでも高齢化と会員が減っていることに悩んでいます。私が参加している「三条短歌会」も同じ悩みを抱えていますが、幸い今年は会員が5人も増えました。その新しい人たちに、「焦点を一つに絞り、無駄を削るのです」などと偉そうなことを言っていますが、私自身まだそれが出来ていないのです。短歌の道は遠く深いのです。

焦点を絞り蛇足を削り取る短歌の極意知りてはおれど

この記事へのコメント

2018年04月30日 13:30
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