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zoom RSS 首藤隆司歌集より「ブリ」

<<   作成日時 : 2011/01/11 22:55   >>

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燕三条FMラヂオはーと番組首藤隆司歌集より
第747回(2011年1月11日)
首藤隆司歌集より

戦時中食べたるブリの照り焼きの旨さを越える味に出会わず

 こんにちは首藤隆司です。
 そろそろ正月気分も抜けてきましたが、ふり返って、今年のお正月はいかがでしたか。お節料理やお酒の味はいかがだったでしょうか。わが家では、ささやかな出来合いのお節と、小瓶の日本酒で安上がりのお正月でした。
 新潟のお節料理と言えば、魚は鮭が付きものですね。私が育った四国では、お正月と言えば魚は鰤でした。新潟は鮭ですが富山県は鰤で、糸魚川・静岡線いわゆるフォッサ・マグナが関東文化と関西文化の境界線、正月の魚も鮭と鰤に別れるのだという説があります。もちろん四国でも、塩鮭はいただきました。しかしそれはご馳走というより、普段おかずのない時、ものすごく塩っぱいのを、お茶漬けにしていただくもので、ご馳走となると、ブリの煮物か照り焼きでした。
 戦時中は、鰤などの高級魚は配給になりませんでした。高松市は瀬戸内海に面した町でしたから、漁師のおかみさんが、毎日のように車を押して新鮮な魚を売りに来ていましたし、私の父の趣味が海釣りでしたから、よく魚は食卓に上りました。しかし、鰤のような大型の高級魚はなかなか手に入りませんでした。
 ところがある日、鰤が配給になりました。一家はワクワクしました。母が、鰤の切り身を照り焼きにしてくれました。醤油の焦げる香ばしい匂いが家中に漂いました。一人一切れのブリの照り焼きを、みんな一口一口味わって食べました。その頃の食糧事情では、こんなにおいしいものを食べたことはありませんでした。この味はその後もずっと忘れられませんでした。
 さて戦後になって景気もよくなってから、食堂でブリの照り焼きを見つけ、食べてみましたが、戦時中に食べたあの味には及びませんでした。その後も何度か、ブリの照り焼きを見つけると食べてみるのですが、その度に失望をします。あの食糧事情が悪く、おいしい物のなかった時に食べたからこそおいしかったのだと、理由は分かっていながら、あのおいしさをもう一度味わいたいと思ってしまいます。

戦時中食べたるブリの照り焼きの旨さを越える味に出会わず

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