
第686回(2009年10月20日)
首藤隆司詩集より
こんにちは首藤隆司です。
皆さんは近頃の若者について、どう思っていらっしゃいますか。服装が変だとか、言葉遣いがおかしい、礼儀を知らないなど、日頃苦々しい気持ちでご覧になっていませんか。
私も、長年高校生を相手にしてきたので、「困ったもんだ」と思うことがたくさんありました。しかし、阪神・淡路大震災以来、若者たちが熱心にボランティア活動に取り組む姿、派遣労働者切り捨ての世相に対し、小林多喜二の「蟹工船」を読み、労働組合作りを始めたり、派遣村を作ってテントや食糧を確保する活動を始めたのを見て、いざとなったら今の若者もなかなかやるもんだと見直しています。
実は「今の若者は」という批判は、いつの時代にもあり、そう言われた若者が世の中を進歩させてきているのだということに気づき、書いたのが次の詩です。
「近ごろの若者は」
ズボンが太くなったり細くなったり
スカートが長くなったり短くなったり
髪の毛が赤くなったり金色になったり
若者にしか分からない言葉を流行らせたり
そのたびに
「近ごろの若者は」と眉をひそめられる。
ところで
私たちが若い頃も
「近頃の若者は」と言われた。
今は私たちがそう言っている。
この言葉はいつ頃から言われているのだろうか。
調べてみると
ギリシャ時代の神殿に書かれていたとか
メソポタミアの粘土板にあるとか
法隆寺の古い木材に落書きされていたとか
ちょっと当てにならない情報がある。
いずれにしても昔から言われてきたことは間違いない。
そしてこの数千年
人間の文明は恐るべき進歩をしてきたことも間違いない。
ということは
駄目だと言われた若者たちが
立派に世の中を進歩させてきたのだ。
いつの時代でも若者は迷い揺れている。
迷い揺れるから大きく育つのだ。
迷い揺れるから新しいものを発見し
世の中を進歩させるのだ。
我々年寄りは
「近頃の若者は」と言わずに
若者たちの可能性を信じているべきだ。
この記事へのコメント
阿南龍子
事情で薬学子をあずかっておりますが、夜遅くまで勉強して、空いた時間はアルバイトをしています。政治のこともひじょうに詳しいのには驚きます。また、いろいろと教わること数多です。
若者の限りなき可能性を信じます。
ありがとうございます。
首藤
ありがとうございます。若者は未来をしょっています。声援を送っています。
かおたいま
首藤
私も、若い頃「近頃の」といわれ、「そうだな」と納得していました。いまの若者もきっとそう思いながら、新しい時代を作っていくのでしょう。