八王寺だより

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<<   作成日時 : 2007/01/22 15:01   >>

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第554回(2007年1月16日)
首藤隆司歌集より

九十八歳認知症の父は最高齢施設に在れば千両役者    
厳しかりし父九十五で惚けたまいオシッコが出るとのたもう可愛さ


 こんにちは首藤隆司です。
 今日は、昔流にいえば「藪入り」ですね。「藪入り」というのは、住み込みの奉公人が、1月と7月の16日に、休暇をもらって実家に帰ることを言いました。年に2日しか家に帰れなかったのですね。その日を親も子も楽しみにしていました。その様子を描いた楽しい落語もありますね。「藪入り」の語源については諸説があって断定できないようです。「成人の日」を1月15日と決めていたのも、「藪入り」と関係があったのだろうと思いますが、今は祝祭日が動くようになって、今年は1月8日でした。連休になるのはいいですが、祝祭日本来の意義が薄れたような気もします。みなさんはどうお考えですか。
 それと直接関係はありませんが、私の父は、1909年(明治42年)1月1日生まれで、今年98歳になりました。3年前少し認知症の徴候が出て、一人暮らしがむずかしくなり、ケアハウスに入所しました。そのケアハウスでは父が最高年齢であり、趣味で本格的に陶芸をやっていたこともあって、皆さんから大事にされ、車椅子に乗って施設の中を移動すると、あちこちから声が掛かって、まるで千両役者のようです。父は、頑固者で気が短く、私たち家族にはたいへん厳格でした。私たち子どもは、父が家にいるときは、怒鳴られないようおとなしくし、ビクビクしていました。そんな父も、95歳の頃から認知症の症状が現れて、トイレに行きたくなると、幼児のように「オシッコが出る」と言う、可愛いおじいちゃんになってしまいました。そんな姿を見ると、息子としてはちょっと哀しい気持ちになります。

九十八歳認知症の父は最高齢施設に在れば千両役者
厳しかりし父九十五で惚けたまいオシッコが出るとのたもう可愛さ

 1月19日未明、父が98歳で亡くなりました。父の哀悼ブログとします。まったくの偶然ですが、この原稿は16日に放送され、その3日後に父は眠るように大往生を遂げました。
FMラヂオはーと番組「首藤隆司歌集より」
 高等小学校を卒業してすぐ、父は鉄道教習所に入り、定年まで国鉄に勤めました。音痴の父がたった1曲歌える歌が、文部省唱歌「汽車」でした。父のために歌います。
FMラヂオはーと番組「首藤隆司の童謡・唱歌」


生徒からの手紙―首藤隆司詩集
生徒に学ぶ―首藤隆司集
わが卒業式
首藤隆司著「働き学ぶ生徒と教師」(明治図書)
生徒からの手紙―首藤隆司詩集 (現代日本詩人叢書)

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挽歌〜父の死,母の死に関して詠んだ短歌
拙個人公式WEBサイト「Noblesse Oblige カミタクの部屋」内の「短 ...続きを見る
カミタク・ブログ
2008/06/01 18:07

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コメント(16件)

内 容 ニックネーム/日時
首藤さんの父を偲んでという報をお聞きして、心からお悔やみ申上げます。それにしても98歳のご長寿とはおめでとう御座いますと言った方が宜しいんでしょうか。それにしても怖いお父様というのは幸せな事でしたね。今の子供は友達のような親父で、お手本にしようが有りません。矢張り親は怖い方が子供は緊張して良い子に育つように思います。皆さん勘違いして、世の中がこういう風になってしまっております。その点首藤さんは幸せを噛締める事が御供養になろうかと思います。
hbar
2007/01/22 18:25
心からお悔やみ申し上げます。
愛国の煙草
2007/01/22 18:59
Hbar様
98歳で、眠ったまま逝きました。めでた仏です。ワンマンな父でした。母が可哀想でした。
首藤
2007/01/22 19:33
愛国さま
ありがとうございます。やりたいことをやり尽くした父は、満足だったと思います。
首藤
2007/01/22 19:35
お悔やみ申し上げます。
息子に短歌を汽車を歌ってもらい千両役者は大往生でしょう。
かこ
2007/01/22 22:37
お父様のご逝去に心からお悔やみ申し上げます。
幾つになっても父は父です悲しいものですね。

2007/01/22 22:45
かこ様 杏さま
ありがとうございます。こんなことで親孝行の真似事をしています。
首藤
2007/01/22 23:07
父上様のご逝去を心からお悔やみ申し上げます。
私も亡き父を思い出しています、頑固でしたが
働て働ても貧しい生活だが10人の子供を
育てくれた。父母への感謝です『80歳』でした。
taka
2007/01/23 11:03
記事が途絶えておりましたので、何か怒ったのではないかと危惧しておりました。
遅ればせながらお悔やみ申し上げます。
98才で、眠るように往生なされたとか、日頃のよい生き様の所以とうらやましく思います。
 先日見たテレビドラマで、ある地方では、90歳以上の方のお葬式には、お赤飯を炊くとか、ご苦労様と大往生を祝って差し上げてください。
 それにしても母上のお嘆き、寂しさはひとしおでしょう。よい支えになられますようーー
六十路独り言
2007/01/23 13:23
失礼しました。
怒るではなく起こるです。
六十路独り言
2007/01/23 13:25
taka様
ありがとうございます。いろいろな趣味を堪能した父ですので、思い残すことなく逝ったと思います。
首藤
2007/01/23 14:28
六十路さま
ありがとうございます。いつも苦虫を噛み潰したような顔だった父が、満足しきったように穏やかな死に顔だったので、満足した人生だったのだと思います。母を7年前、兄を5年前に送りましたので、今度は私の番だと覚悟しています。
首藤
2007/01/23 14:33
父を偲んで・・を拝読して驚いて居ります。
数日、ブログを休まれて居りましたので何となく予感が致して居りましたが残念です。
お父様のご逝去心からお悔やみ申し上げます。

明治生まれの方は少なくなりました。お若い方で95歳。私の住む地区社協内に5〜6人居られますが、厳寒のこの季節気配りをしたいと思います。
しまねこ
2007/01/23 18:38
しまねこ様
ありがとうございます。98年も生きたのだから、思い残すことはなかっただろうと思っています。
首藤
2007/01/23 19:47

遅ればせながら、お悔やみを申しあげます。
98歳とは、随分とご長命でしたね。

小生はまだ両親健在ですが、隣に住んでいるがゆえに、日々の老いにはあまり気づかずにいます。道で向こうから歩いて来る姿を見て、我が父母だったのかと驚くこともしばしばです。

メンバラ
2007/01/24 12:46
メンバラ様
ありがとうございます。お隣に住んでいらっしゃるとは、親孝行でいらっしゃる。我が家は親不孝な兄弟で、兄は東京、私は新潟、末の妹は北海道で、すぐ下の妹だけが父の近くに住んでいました。こういう不幸があるときは、遠くに住んでいるととても不便です。
首藤
2007/01/24 14:16

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